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豊田市のHさん宅訪問、行福寺のシダレザクラ、明治用水!

   日曜日は、教会の仲間と花見でもしようかという話になり、豊田市南部で手広く農業をやっているHさんに名所を案内して頂いて、それからお宅を訪問することになりました。

  最初に訪れたのが行福寺。そこのシダレザクラは見事でした。立派な山門を入ると、シダレザクラが満開! 本堂も立派です。このお寺は、前は矢作川の近くにあったのですが、約280年前の大水害でこちらに引っ越してきたそうです。その時に植えられたのがこのシダレザクラですから、樹齢は280年。枝振りが見事です。県の銘木に指定されているとのこと。

行福寺とシダレザクラ

 

シダレザクラ

  そのシダレザクラに、たくさんのメジロが飛び交っていました。下の写真のほぼ真ん中に写っているのがメジロです。見ていると、しきりに花の蜜を吸っていることに気づきました。メジロが桜の花の蜜を吸うなんて知りませんでした。

シダレザクラにメジロ

  庭にあるシキミも満開! きれいですね。 

シキミの花

   それから訪れたのが、明治用水の近くにある高嶺小学校。Hさんが40年前に植えた桜(ソメイヨシノ)が並木となって校庭を取り巻いていました。面白かったのは、校庭の壁に黒花崗の石版に学校の由来や明治用水が作られるまでの歴史が描いてあることです。石版は数10枚に達します。

明治用水の石版

   下は明治用水の写真です。明治用水というのは、矢作川から引かれた農業用水なのですが、その由来を簡単に述べます。江戸時代の末期に、当時用水がなくて狐や狸が住むような荒れ地だった「安城が原」(西三河平野の南部)を用水を引いて開田しようとした人物がいました。都築弥厚という人です。

明治用水

  下の石版に弥厚の願いが掘られていますが、財産を使い果たし病気で死んでしまいます。彼の死後、大分経ってから彼の願いが実現しました。この地方の偉人として、学校の教材にとりあげられており、この地方の人で弥厚の名前を知らない人はいません。そんな歴史があったことを、東京出身のボクは全く知りませんでした。 

都築ヤコウの石版

   この用水の完成は明治になってからなので、明治用水というのです。この用水によって、今の豊田市南部から安城市知立市、西尾市、碧南市などの地域はみな水田化され、豊かな土地となったわけです。西三河地方の発展の基礎は、この用水の開発によるといっても過言ではありません。

  用水の脇の桜は、まだ2分咲きほどでした。

高根小学校の桜

  

  このつづきは、また明日ということにしましょう。 

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coppice(雑木林)

森楽、flutevioline

Author:森楽、flutevioline
退職後、都会生活ばかりだったボクにとって田舎の自然豊かな里山の生活は、新しい発見の連続で楽しい! 自然の写真が満載です! また、こんな老い生き方があることを示したみたい!

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