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もっと貧しくなろうよ、と呼びかける政治家はいないのでしょうか。弱者の犠牲の上に成り立つ日本社会!

   まさに選挙の最中、各政党や政治家の言動を聞いていると、怒れてくることばかりですね。
  まず第一の思うことは、どの政党も、政治家も、もっと豊かに、もっと景気が良くなるように、というスローガンばかりです。要するに一言で言えば、もっとお金がほしい!ということです。生きる苦しさを訴えている人々への手厚い保護の政策を進めるのは当然ですが、経済大国日本の豊かな人々が大部分の日本で、「もっとお金を」というのはおかしいと思いませんか。世界を見渡してもこれほどの豊かさを持つ国はほとんどありません。
  日本人は昔から、「足るを知る」ことを美徳としてきました。そんな日本で、これ以上の豊かさを求めることは、恥ずかしいことではないでしょうか。欲の皮が突っ張っている日本人の姿は、異常ですし、みっともないと思いませんか。欲望は無限です。まさにアベノミクスこそ、日本人に欲の皮を突っ張らせる愚かな政策ですね。「もっと貧しくなろうよ!と呼びかける政党や政治家はいないのでしょうか。

  政治で一番大事なのは、人が生きていく上で国の最低限の保証がなされることです。今の日本は、病気や首切りなどで働けなくなったら、収入がなくて住居もなくなり、ホームレスにならざるを得ません。生活保護はそのためにあるのですが、それすら減額されるようになってしまいました。
 また、高齢者の医療費が増大しているからといって、医療費削減のため自己負担を増やそうとしています。高齢化社会になることは前から分かっていたことです。国の財政的負担が大きくなることも分かっていたことです。国の責任として、高齢者への医療費負担は当然負うべきことです(薬漬けは問題ですが)。高齢者への負担増などは国が負うべき責任であり、それを回避することは無責任そのものです。高齢者であれ、全ての国民の命を守ることは、国の最低の義務だからです。

  もっと根本的に言えば、弱者の犠牲の上に成り立っている日本の社会を根本から変えていかなければならないのです。
  非正規労働者が正規労働者の何倍にもなることを考えてください。非正規労働者は、低賃金と不安定な職場です。ということは、非正規労働者の犠牲の上に日本社会は成り立っているということです。
  原発の立地を考えてみてください。過疎の地方に建設されているのは、万一の原発事故の被害を大都会に及ぼさないためです。ということは、過疎の地方の住民の犠牲の上に大都市の住民が繁栄を謳歌しているということです。そんなふうに日本のエネルギー政策が成り立っているのです。現在一機も原発は動いていません。それでも停電もせずに何とかやっていけました。節電をすればやっていける、原発などなくても良いのです。再稼働の政策を推し進めようとしていますが、フクシマの悲劇を繰り返さないという保証はどこにもないのです。
  沖縄を考えてください。米軍基地の大半が沖縄にあります。軍事基地に伴う事故や事件が後を絶つを断ちませんが、その負担が集中的に沖縄の人々にかかっているのです。つまり、沖縄の人々の犠牲の上に本土の繁栄が成り立っている、ということです。沖縄知事選で民意は明らかに示されたのに、政府は辺野古への新基地建設の方針を変えようとはしません。

  これらは明らかに差別です。ある人は、このことを「犠牲のシステム」と言いました。このような「犠牲のシステム」をなくさないと、日本の国は生きにくい社会から脱することはできません。
政治はそれを放置したままです。繁栄を享受している私たちは、後ろめたい思いを抱き続けなかればならないのです。
  言いたいことは山ほどありますが、このくらいにしておきましょう。


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coppice(雑木林)

森楽、flutevioline

Author:森楽、flutevioline
退職後、都会生活ばかりだったボクにとって田舎の自然豊かな里山の生活は、新しい発見の連続で楽しい! 自然の写真が満載です! また、こんな老い生き方があることを示したみたい!

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