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チェンマイの旅15 ルアン・パバーン国立王宮博物館は豪華!

   ルアン・パバーンの二日目は、ワンデイ・ツアーでガイドを頼んで観光地を回りました。市内の名所の殆どを回りましたが、ガイドは英語でしたが、好青年でした。英語とドイツ語が出来る人で、とても良く説明してくれました。英語も不慣れなボクらでしたが、何とか聞き取れました。
  下の地図がルアン・パバーンの地図ですが、ピントが合っていないので見にくいかもしれません。大きな川がメコン川で、船の印が船着場のようです。そこから南の方に枝分かれしているのがカーン川です。最初の訪ねたのが、国立王宮博物館(Royal Palace Museum)です。


ルアン・プラバーン地図

    ボクらはタイ語は全くわからないのですが、英語は読めます。博物館の入口の看板がきれいですね。

王宮博物館看板

  入口にはたくさんの人がいましたが、ほとんどはツアーの観光客で、ガイドさんの説明を受けていました。門の脇に、オオバナサルスベリの大木がたくさんの花をつけていました。きれいでした。

博物館入口のオオバナサルスベリ

  王宮博物館の正面から門までココナッツヤシの並木になっており、見事でした。

王宮の並木

  ボクらは正面からではなく、横から入ったのですが、そこに大きな黒い銅像が立っていました。ルアンパバーン王国の王、シーサワーンウオン王の銅像です。ウィキペディアで調べたところ、下のような記事がありました。

王様の銅像


「仏領インドシナ連邦下のラオスは、北部のルアンパバーン王国と南部のチャンパーサック王国とに分裂していた。しかし1945年3月9日に日本軍が仏印処理を断行してフランス軍を一掃し、フランス植民地政府を打倒すると状況は変わった。4月初めにルアンパバーンに到着した日本軍を見たルアンパバーン王国のシーサワーンウォン王は、長年にわたるフランス支配が遂に終焉したことを知り、ラオス王国の国王として4月8日に独立を宣言した。しかし、南部には尚チャンパーサック王国が存続していたことから、王国の支配はラオス全域には及んでいなかった。だが、従前の仏領インドシナ連邦の支配体制が崩れたことで自立への新しい道が開け、ルアンパバーン王国時代から首相職にあったペッサラート親王(ルアンパバーン王国のブンコン副王の王子)は行政のラーオ族化を進めていった。しかし、同年8月15日に日本が連合国に降伏すると、王国の指導者や王族の間で意見の対立が生じ、結果的にそれがラオス人民民主共和国の成立に至るまでの騒乱の源となった。1947年5月ラオス王国憲法、制定。ラオス王国の成立。首都はビエンチャンに置かれたが、王宮はルアンパバンにあった。シーサワンウォンがラオス王国の国王に(在位:1947~1959死去まで)」
  ということで、ラオス王国建国の父だったのです。というわけで、銅像の下には花が飾られていて、今も王の権威が保たれているのですね。ラオス王国の成立に日本が関わっていたなんて、まったく知りませんでした。そのころの政治的な動きは複雑ですね。その王宮が下の写真です。ここは、下足禁止、写真撮影も禁止。内部の豪華さは驚くべきものでしたが、写真が写せないのでそれをお見せすることができないのは残念です。外国からの贈り物などが飾られていましたが、日本のものもありました。
     その後、紆余曲折を経て、1975年に共産主義革命が置き、ラオス人民民主共和国が成立。現在に至っています。ルアンパバーンは、古都として貴重な文化財が豊富に存在するので、1995年に世界遺産として認定されました。そういうことで、世界的に有名になり、観光客がたくさん来るようになったというわけです。

国立王宮博物館

  入口の広間だけは撮影が許可されていましたので、広間に飾られていた金ピカのドラゴンの像を写しました。タイに人も、ラオスの人も、金ピカのドラゴンが好きですね。これは、中国文化の影響なのでしょうか。

入口のドラゴン

  下は、この王様が魚が好きで、魚を養殖していた池なのだそうです。周囲には、やはりココナッツヤシが植えられていました。

王様の魚の池

  この博物館の入口にあるお寺が、下の写真です。ものすごく豪華な建物で、目を惹きました。王様の親族を弔う寺として建てられたそうです。

お寺の風景

  建物の壁の文様が実に美しいのです。屋根の形も素晴らしいですね。

お寺の正面

    側面からお寺を見ますと、その豪華さがわかると思います(下の写真)。屋根が何十にも重なっている風景は見事というしかありませんね。

お寺の側面から

  入口は、やはり多頭のドラゴンでした。

入口にはドラゴンが

  博物館の外に出ると、繁華な通りなのですが、たくさんの観光客で賑わっていました。ここは屋台などがないのが珍しく感じました。やはり、王宮博物館の前だからでしょうか。

王宮前の道路






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森楽、flutevioline

Author:森楽、flutevioline
退職後、都会生活ばかりだったボクにとって田舎の自然豊かな里山の生活は、新しい発見の連続で楽しい! 自然の写真が満載です! また、こんな老い生き方があることを示したみたい!

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