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人はなぜ死を恐れ、じたばたするのか?

  何日かこのブログをお休みしていました。ごたごたと用事が続いたためと、ネタがなくなってきたためです。

  額田の森林組合から、製材の端材の2回目が運ばれてきました。また、大量の端材を薪にする作業をしていたら、突然大きな丸ノコが故障して止まってしまいました。無理して使いすぎたのかもしれません。修理に出しているところですので、しばらくは薪作りは中止です。

製材の端材

 

  このところ、近所の雑木林に家を立てたHさんのところで、あずまやを作るというので手伝っています。金・土・火曜日には、敷地内にあるヒノキを数本伐採して切り出しました。あずまやの柱などの骨格を作る丸太にするためです。急斜面での伐採作業は大変でした。とくに枝先が他の木に引っかかって、倒れてくれないのです。伐採はHさんで、ボクは多少手伝っただけでした。

作業台

 

  これから本格的に木工の作業をしますが、Hさん宅には木工の作業台がないので、作業台を作って進呈しました。製材の端材を利用して作りましたので、見てくれは悪いですが、頑丈にできているんですよ。コンパネを一枚乗せれば、立派な作業台になります。作業が楽しみです。

竹の花台

 

  Hさんに差し上げた竹の花瓶を、Hさんたちはきれいな花を飾って上手に使っておられました。嬉しいですね。花瓶の前においてあるのは、Hさんの雑木林で採れた大きなキノコです。見たこともないキノコですね。
  しんどい作業なので、休み休みでしたが、その間、いろいろの話に及びます。その中で、こんな話になりました。
 

  人間は、なぜこんなにじたばたするんだろう、ということです。現役の人は、仕事、仕事、仕事と仕事に熱中し、いつも仕事のことを考えています。仕事だけが人生ではないと分かっていても、ゆっくり休むことをしませんね。ボクらも、現役時代にはそうでしたが、・・・。家族の生活費を稼ぐためなんですが、将来の生活への不安、子供たちの将来への不安、いつも不安にかられながらじたばたしています。究極的には、死の不安の元に生きているので、じたばたするのでしょうね。

  それにひきかえ、自然の生き物たちは、嬉々としてさえずり、嬉々として美しい花を咲かせているように見えます。ボクらは、自然の中でカラスが、小鳥が死んでいるのをほとんど見かけることもなく、ひっそりと死んでいきます。花の期間が終われば枯れていきます。働き蜂はシーズンが終わると皆死にます。セミもわずかな期間しか生きませんね。死ぬことによって自然に帰り、他の生物の肥えになります。生き物同士のつながりの中で生き、また死にます。自然の生き物たちは、死ぬことすらもじたばたすることなく受け入れて、自然に帰っていきます。生き物の世界は(特に動物は)弱肉強食の世界ですが、生態系の中で循環していることを承知して、素直に死を受け入れているように見えます。

  そういえば、人間だけが死を恐れ、死すべき存在として自覚することなく、生態系の循環の中からはずれていますね。お墓は骨だけを埋葬します。ボクたちの肉体が死んでも、植物たちの肥えになることがありません。死を恐れるあまり、じたばた、あくせくするのでしょうね。人間も生きものであり、生態系の一員であることは確かですから、生態系の循環の中で生きることを考えれば、死は恐怖でなくなるのではないか、とも思うのです。

  ボク自身が、死に直面したときにそのようの思えるかどうかは、分かりません。きっと、じたばたとするでしょうね。それが人間なのかもしれません。でも、他の生物と同じように、生態系の一員として生きている自覚だけは持って、生きていきたいと思っています。

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coppice(雑木林)

森楽、flutevioline

Author:森楽、flutevioline
退職後、都会生活ばかりだったボクにとって田舎の自然豊かな里山の生活は、新しい発見の連続で楽しい! 自然の写真が満載です! また、こんな老い生き方があることを示したみたい!

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