本宮山の東の方の山を歩きました! イイギリの赤い実が一杯! きれいでした!

   久しぶりに自然の世界に戻ってきました。真冬の自然は、ほとんど見るべき物がありません。でも目を凝らしてみると、何かが見えてくるのですね。
  下の新城の街から見ると、作手の山並みは高さがよくそろっています。本宮山が一番高いですが、その東側の山並みもずーと続いています。そういえば、その山はこれまでにほとんど歩いたことがありません。当然、本宮山とにた景色と自然があると思うのです。そこで、国土地理院地図を調べたところ、たくさんの林道が走っていることを知りました。そこで、そこを歩いてみようと、持ち前の好奇心で、探検してみたいと思いました。
  作手の和田から東のほうに入っていく林道を車で移動して、広くなっている場所で駐車して歩き始めたところ、素敵な雰囲気の林道が続いていました。大した起伏がなく、なだらかな人工林の中を走る林道を1時間ほど歩きましたが、気持ちがよい道でした。最後のところから、山道に入るのですが、大分疲れていましたのでそのまま引き返しました。。
  翌日、その山道を歩いてみたいと、地図で見て反対側から入る道を見つけて歩きました。そこで見たのが下の風景です。何の変哲もない雑木林の風景ですが、切り割りの一部が黒っぽく染まっていますので写しました。よく分からなかったのですが、カビのようなものが植物の上にくっついていましたが、確かな正体は分かりませんでした。


山道林道

  山道を歩いていて驚いたのは、近隣の山のほとんどがアカマツ林であったことでした。山全体がアカマツなんて、あまり見かける風景ではありません。手前に見えるブッシュは、みなクロモジなのです。これにも驚きました。クロモジがこんなに密集しているのもあまり見たことがありません。 

アカマツ林

  途中から林道から離れて山の小路に入りました。下の写真のように、人工林の中にわずかなへこみのる小路が続いているのです。こんな小路をたどっていって三角点にたどり着くのか、不安な思いを持ってたどったのですが、なんとかたどり着きました。

山の小径

  下の写真が、三角点で連れ合いに写してもらったボクの写真です。三角点と言っても単なるコンクリートの石があるだけです。しかし、立派に国土地理院の表札が出ていました。地図では、標高686mということでした。本宮山は782mですから、それよりも100mほど低い山頂でした。でも、征服できて嬉しかったです。

山頂の三角点で

  山頂の三角点の周辺は、人工林の中に下の写真のようなアセビの巨木が生い茂っていました。樹高が7~8mにも達しています。このような常緑の低木に光をさえぎられて、地表には草すら生えていませんでした。

アセビの森

  さて、2,3日前、三河湖の南岸を走る林道(羽生入りの沢林道)を歩きました。そのとき、谷間にイイギリの紅い実がたくさん生っているのを見たのですが、カメラを持っていかなかったので写真を写せなかったので、昨日、それを写しにそこに出かけて写してきました。下がその全体の姿です。おそらく樹高は10mくらいはあるでしょう。大きく枝を張っていました。イイギリは、落葉高木で、真っ赤な実がたくさん生るのですが、葉が早く落ちますので、実だけが真冬まで残り、それが美しいのです。2年ほど前、作手中学の裏に見事に赤い実を実らせていたので記憶の刻まれているのですが、残念なことに去年伐採されてしまいました。その光景を見たので、ぜひとも写真に撮っておきたいと思い、そこに出かけたのでした。下の写真で、その美しさが伝わるでしょうか。谷間で遠いために、アップで写せなかったのが残念です。

イイギリ輝く

イイギリが輝いている

イイギリの輝き

  その木肌は、下の写真のようです。

イイギリの木肌




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太陽光発電の3年間の記録から

  2012年の1月から、つまり3年前から、わが家の屋根の乗せている太陽光発電の記録を取り始めました。原発は恐ろしいくていやですし、エネルギーを化石燃料に頼っていては、温室効果ガスによって地球温暖化を招きます。深刻な事態に直面していますので、わが家だけでも化石燃料を削減する方法はないかと考えて、作手の家を建てるとき(14年前)に太陽光発電の設備を設置することにしたのです。反原発のために、節電をしているつもりです。

 でも、ソーラー・システムを設置した効果を目に見える形で示されたことがないので、毎月の記録を取ろうと考えたのです。毎月中部電力から届けられる、「電気使用量のお知らせ」と「再生可能エネルギー受給電力量のお知らせ」から、使用料と受給電力量を記録しておいたのです。ようやく、3年間のデータが揃いましたので、その結果をご覧に入れたいと思います。下がその毎月のグラフです。

  わが家の屋根に設置しているソーラー・パネルは、90cm四方のパネルが20枚あります。京セラの製品です。わが家の西側が人工林の山なので、西日が屋根に当たらないので、ソーラーシステムとしては完全ではないのですが、順調に発電しています。3年ほど前に10年経過したので、パネルを新品に交換してもらって、発電効率が良くなったのです。その時から記録をつけ始めました。

発電量グラフ066

  3年間のこの記録を見ると、わが家の電気の使用量がいかに少ないかが分かります。省エネを徹底していますので、使用量が少ないのですね。パソコンなどあらゆる電気製品を、使わないときは電源を切るようにしているのです。それだけでかなりの省エネになるそうです。少ない時は、月に80kwhを切ることもあります。夏は少なく、冬に多くなります。それは、日照時間が短いので照明に使う電気が多くなるのですね。夏が少ないのは、逆に照明に使う時間が少ないためです。さらに、薪ストーブにしていますので、温風暖房機を使わないので、それにかかる電気が必要ないからです。夏のシーズンは風呂に入る機会が多くなりますが、わが家はプロパンガスを使用していますので、電力はほとんど使いません。

  発電量を見ると、当然のことながら、日照時間が長くなり太陽高度が高くなる夏に多くなり、冬に少なくなります。最高は4月なのです。逆に5、6月は低くなっています。なぜなのでしょうか。6月に低くなるのは、梅雨時が始まるからですが、5月に低くなる理由が分かりません。雨が多い季節ではないと思うのです。真夏の暑い季節の8、9月発電量がピークになるのではないかと思っていたのですが、毎年4月がピークです。これも何故なのか分かりません。分からないことが多いですね。

  発電量から使用量を差し引いた電力が、わが家の儲けになるわけですね。売る方の金額は、ボクらが中部電力と契約した時点の売電価格48円/kwhで据え置き、現在の公定価格は37円/kwhと下がっています。買電の方は、電力会社によって基本料金とかkwhの単価とかが違いますが、中電の場合は、120kwhまでは1kwh当たり20.68円となっています。この値によって請求金額と支払い金額がはじき出されます。1年ごとにわが家の場合を計算したのが、下の表です。

         年間買電料金   年間売電料金   差し引き残額
                                 円        円         円
  2012年       44,393             92,496       48,103
  2013年       40,827            96,384             55,557
  2014年            39,455            91,920             52,465

  というわけで、わが家の場合、年間約5万円くらいの儲け(収入)になっているのです。設置した時には、150万円くらい(国の半額の補助金があったので本来は300万円もしたのです)でしたので、約30年ほどすれば元を取れる計算になります。近年、国の太陽光発電の奨励策の復活もあり、作手でも各地の放棄された農地にソーラーパネルが設置されるようになりました。

  原発に電力を依存するよりは、太陽光発電の方がはるかに良いので、ボクらは作手の家を建てるときにソーラーパネルを設置したのですが、問題がないわけではありません。維持管理が必要です。10年もすると発電効率が劣化してきますので、パネルの取替をしなければなりません。わが家の場合は、10年の保証期間があって、無料でパネルの交換をしてもらいましたが、10年後は自腹で交換しなければなりません。そうとうな高額となります。

  物を作るには、必ずエネルギーがいります。全体としてみると、ソーラーパネルを作るために相当のエネルギーを使います。発電そのものには温室効果ガスも出しませんし、騒音もありませんし、ランニングコストも掛かりませんが、良いことばかりではないのですね。でも、原発以外の自然エネルギーがもっと普及することを願っています。作手は山がちですが、小規模の水力発電なども可能です。人工林の間伐材が放置されています。それらを使って木質発電をすることも可能です。いろいろと工夫すれば、原発の電気なんか使う必要はなくなるのではないでしょうか。そういう時代がそこまで来ているのでしょう。


 


アマサギ、ハクセキレイ、ユリカモメ、カワウなどを撮影できた!

  昨日は佐奈川河口付近の水鳥を紹介しましたが、その続きです。
  川の方ではなく水門がある付近に、サギが飛んできました(下の写真)。コサギではと思ったのですが、コサギは嘴が黒いのでそれとは違います。アマサギではないかと思いますが、確かではありません。


コサギか? 

  また、下の写真のような鳩くらいの大きさの鳥が田んぼの中に歩いていました。姿からすると、ツグミではないかと思います。しかし、これは水鳥ではありませんね。

この鳥は?

  再び川の方に目を転じると、ハクセキレイが勢いよく飛び回っていました。そして水遊びをしていました。腹の部分の真っ白い色と黒い首や尾の色がよく目立つのですね。と書いたのですが、間違いでした。読者からのコメントです。「ハクセキレイではなくセグロセキレイさんですね。 セキレイ類は超高速チョコチョコ歩きをする姿がとってもかわいいです。 セグロセキレイは日本固有種で、水辺環境に依存しています。都市化に対応できるハクセキレイに押され気味。 がんばれ固有種!! 」

ハクセキレイが水浴び

  少し上流の方に行くと、カラスがたくさんいたのです。川で水遊びをしていました。カラスは水鳥ではないので、川や海にいるはずはないと思っていたので、意外でした。でも鳥には違いはないので、水浴びはしますね。

カラスの水浴び

  上の写真にも、左の方に白い鳥が浮かんでいますね。ユリカモメでした。下の写真はそれをアップして写したものです。きれいなカモメですね。体全体が真っ白、嘴がオレンジ色で先端が黒く、尾が黒いのです。頭の後ろに黒い斑点があります。

ユリカモメがきれい

  別の側面から見ると、横の羽がグレイなのですね。そして、足はオレンジ色です。美しい水鳥ですね。出会えて嬉しかったです。

ユリカモメがきれい2

  再び下流の方に戻ると、水門の付近に黒い姿の大きが鳥が集まっていました。カワウでした。ボクの印象では、淡水の川の魚を食べて生きているものと思っていたので、このように海に近い河口付近に生息していることに驚いたのです。当然、海の魚もとって食べているのですね。

カワウがいっぱい

  下は、二羽のカワウが飛び立つところを撮りました。

カワウの飛び立ち

  下は、カルガモだと思います。嘴が黒く、先端が黄色、最先端が黒い斑点という特徴があるのですが、写真ではそれがはっきりとは写っていません。でも足は赤燈色で、カルガモの特徴を示しています。と書きましたが、間違いでした。コメントをくださり感謝です。「写真一番下はハシビロガモのメスですね。 こいつらは数匹集まると、水の中に頭を突っ込んでみんなでぐるぐる回ります。水を回転させて、水中(底に沈んでいる)のエサを食べやすくするんだとか。 初めて見たら「何の儀式?」って感じです。また観察してみてください。」 面白そうですね。またその儀式を見に行きたいと思います。

カルガモでは?

  Hさんに教えていただいて行った佐奈川の河口付近は、まさに水鳥の宝庫のようなところですね。いろいろの種類の水鳥を見ることができました。いろいろの季節に来てみたい場所です。Hさんに感謝!




Hさん宅でミヤマホオジロを! 佐奈川下流のカモたち、オナガガモ、ヒドリガモを同定!

  この正月、Hさんから「ミヤマホオジロがいっぱい来ているので見に来ませんか?」とお誘いを受けました。Hさんは、小鳥たちの餌付けをしていて、すぐそばで小鳥たちを見ることができるのです。去年もお誘いを受けて、たくさんの写真を撮らせていただきました。今回もお誘いに乗り、写真を取りに行きました。
  ヤマガラが頻繁の餌を食べに周りの木の枝から飛んできて、餌を食べるのです。ヤマガラシジュウカラ、メジロが来ていました。彼らは体が小さいので、下の白い籠の中に入ることができるのです。中に入って、餌をつついたり、水を飲んだりします。可愛いのです。メジロは今回はうまく写せませんでした。


餌付けされたヤマガラ

  下は、シジュウカラです。黒いネクタイが可愛いですね。

シジュウカラがきれい

  お目当てのミヤマホオジロは、警戒心が強くて、人が近づくとすぐに逃げてしまいます。外から写真を写そうと思ったのですが、逃げてしまい写せません。Hさんの家の中から写させていただきました。中から写していても、ちょっと体を動かすと逃げてしまいます。じーっとして写したのが下の写真です。ホオジロに似ていますが、頭と喉の部分が黄色いのです。それがきれいですね。自然の野山では、なかなか出会うことができない希少な種なのですね。誘ってくださったHさん夫妻に感謝です。

ミヤマホオジロが地面に

椅子の前のミヤマホオジロ

  Hさんとの偶然の会話の中で、カモがたくさんいる場所を教えていただきました。豊橋の西の方の海に近いところで、佐奈川の河口付近です。その場所の地図を書いていただいたので、2、3日後に出かけてみました。いました!! 海に近いので風が強いと思ったので、完全武装して出かけました。それが正解でした。風が強くて寒かったです。そして、ものすごい数のカモです。下の写真のように、群れをなして岸に止まっているもの、水面に浮いているもの、その数に驚かされました。のどかな風景ですね。写真で見る限り、何種類かのカモがいるようです。カモ類は種類が多くて、同定がとても難しいのですね。同定はあきらめていたのですが、この機会に同定にトライしてみました。

佐奈川のカモたち

カモたちの群れ

  少しアップして写したら、種が分かりそうでした。下の写真は、オナガガモだろうと思います。同定が難しいのは、オスとメスとの違いがあり、変種があった必ずしも羽の色などが違うからです。ウィキペディアによると、「オス成鳥は頭部が黒褐色、首から胸、腹まで白色で、その境界では白い帯が首の側面から後頭部に切れこむ。体は黒い横しま模様が細かく走る。背中に蓑のような黒い肩羽があり、翼と尾も黒いが、腰に黄白色の太い帯が入る。また、くちばしは中央が黒くて側面が青灰色をしている。メスは頭部は褐色、その他の部分は黒褐色に淡褐色の縁取りがある羽毛に覆われ、全体的に黒褐色と淡褐色のまだら模様に見える。くちばしは全体が黒い。」下の写真の上の3羽のうち、右はウィキペディアの記載の通りですが、左側は頭の色が違います。真ん中の一羽は、左のものと頭の部分は似ていますが、体の羽は大きな違いがあります。後ろの一羽は、メスの特徴ですね。

オナガガモだろう

  下の写真のカモは、オナガガモのメスの特徴ですね。腹の横の部分お模様が面白いですね。

オナガガモのメスでは

  下は、ヒドリガモではないかと思います。ウィキペディアによると、「オスの成鳥は額から頭頂がクリーム色で、顔から頸が茶褐色、胸は薄い茶色である。体の上面は灰色で黒い細かい斑が密にある。下尾筒は黒い。メスは全体に褐色、他のカモ類と比較して赤褐色みが強く、腹は白い。」と記されています。ヒドリのヒというのは、緋色の緋で、赤褐色の頭を持つ鳥という意味なのだそうです。

ヒドリガモが3羽

ヒドリガモの飛び立ち

  下は、ヒドリガモオナガガモが共存しているようです。下の3羽がヒドリガモ、右端の鳥が尾長がもでしょう。

ヒドリガモがいっぱい

  この機会に、少しはカモが分かるようになった気がします。これらの写真に写っているカモには、別の種類がいるのかもしれません。この続きは、次回に回しましょう。




「ボクの減量法・健康法」のこれまでのまとめ その2

「ボクの減量法・健康法」のこれまでのまとめ その2

 大病になってしまった発端は、去年の正月に孫が来たことです。孫は年末の39°もの高熱を発する風邪に見舞われ苦しんだのですが、暮れのうちに治って二男夫婦とともに作手に来たのです。母親が感染していたらしく、その風邪をもらってボクが39°近い高熱の病に犯されたのです。正月だったので作手の診療所は休みでしたので、新城の市民病院に駆け込んだのですが、医師が不在で2時間も待たされた後で診察を受けたのでした。病院の待合室のベンチに高熱の痛みを堪えながらの2時間は、本当に辛かったです。処方された薬を飲んでようやく高熱も収まり、安堵しました。孫やお嫁さんが悪いのでは決してありませんから、安心してくださいね。

 その後、数日して、今度は帯状疱疹を発症していたのです。胸の肋骨のあたりがチクチク痛むのです。はじめは神経痛が出た程度にしか思わなかったのですが、次第に痛みが激しくなって、診療所に行って診てもらったのです。しかし、疱疹が出ていないので帯状疱疹とは言えないと、その後の経過を見てからにしましょう、ということになりました。ますます痛みが激しくなって、こういう病状には針灸が良いと聞いて、数日後に鍼灸院に行って診てもらって初めて帯状疱疹と分かりました。その場で鍼灸の施術してもらったのですが、痛みはなかなか治りません。そこで再び診療所に行き、診察してもらった結果、肋骨付近の疱疹を確認して帯状疱疹の薬を処方していただいたのです。医者によると、風邪をひいたりして体力が弱ってくると、昔、百日咳の予防接種で植え込まれた菌が再び活動し始めることがある、ということでした。その痛みは、激烈でした。夜も眠れないほどの痛みです。それがひと月も続いたのです。本当に苦しかったです。

 その痛みも、風呂に入って体を温めると和らぐので、毎日風呂に入り、それだけではなく日帰り温泉に行くことにしました。この作手からは車で1時間くらいの範囲にいくつかの日帰り温泉があります。そこに頻繁に出かけました。とくに低い温度のお湯に長時間浸かることが良いようです。病気になって、温泉の医療的な効用はすごく大きいことを実感させられています。

 ようやく帯状疱疹の痛みが和らいできたとき、忘れもしない3月2日、突然、脳梗塞に襲われたのです。早朝、起きてトイレから出た時、急に左足に力が入らなくなって、立っていられなくなってバターンと床に倒れてしまったのです。頭など打たなくて良かったと思います。立ち上がろうにも、足に力が入らないのです。足ばかりでなく左手も力が入りません。連れ合いに助けを求めてそのことを話すのですが、ろれつが回らなくなっていたのです。また、ゆだれが出るのを止めることができないのです。その時は分からなかったのですが、これらは典型的な脳梗塞の症状だと分かりました。友人に車を出していただき、新城の個人経営の内科の医院に行きました。

 こういう病気は一刻も早く医者に見てもらい治療してもらうことが大事だと後から聞いたのですが、医者に見てもらうのに発症してから40分もかかってしまったのです。そこは個人病院なので、すぐに大きな病院に行ったほうが良いということで、救急車で岡崎市民病院に搬送してもらいました。さらに約1時間もかかって病院につきました。生まれて初めて救急車というものに乗りましたが、変な気持でした。

 市民病院では、血液サラサラの薬の入った点滴を応急手当としてしてもらって、何とか落ち着いたのでした。その後、病院で脳神経内科の医師に見てもらい、CTやMRIの検査をしてもらったところ、医師は「右脳の運動神経を司る部分に白い2~3mmの小さな斑点が認められ、そこが血管が詰まって梗塞を起こした場所です、しかし2~3mm程度の小さな梗塞だったのでよかったですね」と言ってくださいました。軽度の脳梗塞だったのです。もっと大きかったら、もっと大きな後遺症が残るところだったのです。

 脳梗塞というのは、脳の細部の網細血管が詰まって血液が流れなくなって、脳のその部分が死んでその機能が失われることによって起こる病気です。一つの原因は、コレステロールなどによって血液がどろどろになって血管を流れにくくなることによって起こります。とくに細い血管、毛細血管は詰まりやすく、梗塞を起こしやすいのですね。血管が詰まると血液が流れませんので、その部分の脳細胞が死んでしまいます。そして、その部分を司る神経が麻痺してしまうということになるわけです。脳のその部分とは、多くの場合、運動神経を司る部分ですので、発症すると運動神経がやられ、深刻な事態となるのです。

 実は、ボクの脳梗塞には前兆現象が起こっていたのです。倒れる二月ほど前から、目の視野にイライラが入ることが頻発するようになりました。ある時は、右目の視野の半分位が見えにくくなることも起こりました。ほんの数分の出来事ですが、気味が悪いものです。今から思うと、脳梗塞で脳の一部の網細血管が梗塞を起こしていたのかもしれません。気味が悪いのですぐに病院で精密検査をしてもらったのですが、脳神経内科の医師は、「症状はご心配でしょうが、MRIでも引っ駆らない脳梗塞があるのです。現代医療の限界で、分からないことだらけなのです。もう少し症状を見てからでないと迂闊な判断はできません。」というのです。分かったようで、分からない説明でした。

 発病によって結果的に10日間の入院ということになりました。入院中にやることは、点滴を続けること、歩行などのリハビリテーション、手の指の訓練、ろれつを治すための言語訓練など、リハビリが主体です。ボクの場合は軽度の脳梗塞であったため、すぐに歩けるようになりました。ボクが倒れたと聞いてお見舞いに駆けつけてくださった友達は、出迎えたボクが病院の廊下を歩く姿を見て驚きの声を上げました。多くの場合、半身不随で歩くことすらできない患者さんが多いので、その姿を想像してきた友達がみな驚いたのです。そのくらい軽度の症状だったのです。リハビリの担当者にも、驚く程の回復だったのです。それは、「毎日かかさず歩いていたから軽度で済んだのですよ」と知り合いのリハビリの専門家からも言われました。

 病院でいろいろの検査をしてもらった、現代の医療技術の素晴らしさに目を見張りました。最先端の医療器械のCTもMRIもすごいものでした。すごい騒音の機械の中に寝かされ、検査を受けるのですが、脳の細部まで画像として見せてくれるのです。その結果で医師が診断するのですが、見事というしかありません。血流の状態を把握する試験も受けました。首に器具を当てて血液の流れを測定するのですが、まさに目に見えるように血管の中の血液の流れが分かると同時に、血管のしこりまで分かります。そこで、ボクの場合は血液の濁りしこりとによって高血圧による脳梗塞が引き起こされたことが分かってきたのです。

 結局、ボクの場合は、血液がどろどろの濁った血液であったことによって高血圧になっていたことが脳梗塞の原因だったことが分かりました。つまり、血液がさらさらでなかったために起こった病気です。今まで、高血圧なんて、考えもしなかったことでした。それが驚きだったのです。

 病院に入院して驚いたことは、医師はほとんど高血圧については、若干の注意をしたものの、ボクには厳重な注意しなかったことです。注意をしてくれたのは、ボクがどのような食事療法をすればよいのか、病院の栄養士に訪ねて分かったことです。栄養士の女性は、ボクの医療データを見て、「あなたの場合は、とにかく高血圧を治療することです。そうしなければ、再び脳梗塞なんていうことになりかねません。そのための食事療法をお教えしましょう。」と言ってくださいました。そして、具体的な朝・昼・晩の食事の取り方を聞き取りしてから、減塩、減脂肪の食事の仕方を丁寧に教えていただきました。僕にとっては、目にうろこでした。

 それから、食事の取り方に注意をするようになりました。何よりも、塩分を少なくすること脂肪分の摂取をなるべく少なくすること、栄養のバランスをとることに心がけるようになりました。ラーメンやうどんの汁は全部は飲まない、それだけでおおきな減塩になります。お浸しに醤油を掛けて食べるのではなく、小皿に垂らした醤油につけて食べること、普段ボクらが食べる食物にどれくらいの塩分が含まれているか、などを細かく教えていただきました。ボクの場合は、塩分を1日に12グラムくらい採っているので、それを6グラムくらいに減らすこと、つまり塩分摂取量を半分以下にすることを言い渡されたのです。血液中の塩分濃度が高くなるとナトリウムが溜まり、それを薄めようと体から水分が供給され、体液量が増え、血管が収縮して血圧が上がるということです。ナトリウムを排泄するために腎臓に負担がかかるため、腎機能の低下にもつながります。カリウム分を多く含む野菜類をたくさん食べることも、ナトリウムを排泄させるこうかがあるということです。

 脂肪分はもともと少ない方だったので問題はありませんが、栄養のバランスは要注意でした。夕食は魚を中心にいっぱい食べるのは良いとしても、朝食は野菜ジュース一杯、昼はうどんかソバ一杯では、タンパク質が少なすぎます、というのです。とくに朝食は昼間の活動の原動力ですから、しっかりと栄養を取ることが大事と言われました。肉や魚を食べるのは、足や腕の筋肉も、心臓も胃などの臓器を含めて、人間の体を動かすのはすべて筋肉であり、筋肉はタンパク質を食べることによってしか生成しないのですね。年をとってからは、肉類はあまり食べなくなったことは事実です。植物性のタンパク質は、大豆製品(豆腐、納豆など)は大いに採るべきですし、毎日のように食べています。

 というわけで、病院で処方されたのは、血液サラサラの薬と高血圧の薬、その副作用を抑える薬など4種類です。毎日たくさんの薬を飲まなければならないことになりました。それが面倒なのですね。すぐに忘れてしまうのです。高血圧の薬が効きすぎて、低血圧になり、散歩している時にめまいがひどくなって倒れたこともありました。貧血が頻発するようになったのです。そこで、医師に相談して血圧の薬を半分に割って飲むことにしました。

 そうこうするうちに、大分元気も出て散歩もできるようになりました。野山を歩くことは爽快です。そして5月、懸案だった薪ストーブの薪がHさんの庭に置いてあるのをわが家まで運んでこようと、重たい丸太を車に積む作業を行っていた時のことです。40cmもある太い丸太をうっかりと足の上に落としてしまったのです。右足の親指に内出血が生じました。普通でしたら多少手当すれば自然と治っていくのですが、血液サラサラの薬を飲んでいたために、内出血が拡大して、ものすごい痛みが続いたのです。ようやく外を散歩するまでになったのに、再び外出ができないことになりました。その間、痛みがなくなるまで結局一ヶ月も掛かりました。

 正月から病気続きで、なんと半年間も病気で苦しんだのです。その後は、毎日の散歩も欠かさず、食事療法も続け、温泉もしばしば出かけ、健康を回復してきました。その結果、メタボも解消し、血圧も大分下がってきました。驚いたことに、ある雑誌に載っていた高血圧を解消する方法として「サバ缶カレー」を毎朝食べることを実行したら、その降圧効果にびっくりしたのでした。鯖の缶詰とカレーのルーを使った料理です。青身魚のサバには、EPA,DHAなどの脂肪酸が豊富に含まれ、体に良いのですね。それにスパイスを多く含んだカレーで血流を良くするので、降圧に良いのです。ボクの場合は、それに煮豆と玉ねぎを加えています。どちらも血液をサラサラにする成分を含んでいるからです。血圧最高値の平均が160くらいだったのが、140くらいまで見る見る下がってきたのです。その後、毎日サバ缶カレーを続けていますが、140代を持続し130台になることもしばしばです。本当は、コンスタントに130台になると良いのですが、・・・・。

 最初のリストにカラオケを始めたこと、声楽家に発声法や歌い方を教えてもらったことを挙げたことを不思議に思われるかもしれません。ボクは歌が大好きで、小さい頃はボーイソプラノで、声がきれいだと褒められるのが嬉しくて、毎日のように歌っていたのです。歌うことが好きということばかりでなく、歌うことが健康にとても良いからリストに挙げたのです。大声を出すことは、基本的に肺の機能をいっぱい使います。そればかりではありません。声楽家に発声法を学んで驚いたことは、最初にやることが柔軟体操だったのでした。いわゆるストレッチ体操をして体の力を抜くことからレッスンが始まるのです。自然体で真っ直ぐに立つ姿勢も大事です。それが発声法の基礎の基礎だと言うのです。

 それから発声練習を始め、課題の歌を歌います。1時間くらいのレッスンの時間ですが、ストレッチに15分くらいの時間をかけます。発声練習や歌い終わると、からだ全体が熱くなります。そのくらい体力を使うのですね。そのような発声法を身に着けるうちに、かなりの高音も楽に出せるようになりました。ボクはバリトンですが、F(ファ)の音まで(調子が良ければGの音まで)出るようになりました。そうするとこれまだ高い音で歌えなかった歌も歌えるようになって、レパートリーが広がりました。日本の歌、世界の歌を毎日のように楽しみながら歌っています。声楽家について学んだのは月に2回、3ヶ月間ほどですが、その後も、ほぼ毎日歌の練習をしています。ヴァイオリンやフルート、ヴィオラも演奏するばかりでなく、歌まで練習しますので、とても忙しいのです。でも、音楽の演奏は楽しいです。練習時間は、ボクの至福の時です。

   ボクの病歴など恥を晒すようなことを書きましたが、それも何らかの形で皆さんの健康を考える助けになればと思ったからです。ボクのような失敗は繰り返さないでくださいね、という意味で書いているのです。参考になったでしょうか?


「ボクの減量法・健康法」のこれまでのまとめ その1

 ボクが大病をしたりダイエットをしたりしたこれまでの経緯は何度かに分けてこのブログで書いてきましたが、大分時間も経っていますので、振り返って見るために簡略化して順を追って書き出してみました。新しい読者には分からないと思いますので・・・・。古くからの読者には申しわかありませんが、重複はご容赦ください。これも長くなってしまい、2回に分けなければならなくなりました。今回は大病をする前までです。

★2010年5月から禁煙開始、2ヶ月で完全禁煙達成。次第に太り始めた。

★2010年夏、睡眠時無呼吸治療のため岡崎市民病院へ。約1年間機器を装着して寝た。

★2011年4月、本宮の湯で体重を計測、74kgになっていた。そこからダイエットに挑戦。ほぼ同時に

 Sさんのところで月に2回、足裏マッサージ(タイ・マッサージ)を受けるようになり、毎日1時

 間の散歩をするようになった。

★2011年8月には64kgに10kgの減量に成功。しかし、60kgになるのになお半年も。

★2012年2月、仲間と岡崎の家でカラオケを始めた。

★2013年正月、孫から風邪をもらい、40度近くの高熱。体力が低下したため、その後、帯状疱疹
 なり、一月ほど苦しむ。温泉治療を開始。たくさんの日帰り温泉に行くようになった。

★2013年3月、脳梗塞で岡崎市民病院に入院。軽くて10日ほどの入院で済んだ。後遺症はほとん
 どなかった。高血圧などの4種類の薬を飲んできた。減塩などの食事療法を始めた。

★2013年5月、薪ストーブの薪を作るために保住さんのところのコナラを輪切りにして運んだ時に、

 重い薪を右足の親指の上に落とし、血液サラサラの薬を飲んでいたために、内出血が止まらず、
 苦しんだ。一ヶ月間くらい、散歩もできなかった。

★2013年6月~? 声楽の専門家に歌を習うようになった。3ヶ月間で、発声法を学んだ。発声に
 は、全身を使い、肺の機能を高める。

 ざっと書き出すだけで、こんなに多くなるのですね。自らの健康のことに関心を持った発端は、5年ほど前の兄の一言でした。「お前はまだタバコを飲んでいるのか?!」でした。すぐ上の兄はタバコをやめたばかりで、彼からやめる方法を伝授してもらったのです。50年も吸い続けたのとヘビースモーカーだったボクが簡単にやめられるとは思わなかったのですが、何と2ヶ月でやめることができました。その後、いちどもタバコを手にしたことはありません。兄のアドバイスに感謝しています。

 タバコをやめると太るとは聞いていたのですが、やめておよそ1年後、偶然日帰り温泉で体重を計ったところ、74kgになっていました。それまでは、65~66kgでコンスタントに保たれていたのでびっくり。メタボですね。早速、ダイエットに取り組むことになったのです。それまでは、自らの健康を気にすることは全くなかったのです。

 太ってきた途端に、昼間眠くてしょうがなくなりました。1時間くらいの岡崎までの車での往復に、途中で一休みして仮眠をしないと往復ができなくなってきたのです。いわゆる睡眠時無呼吸になっていたのです。全く気が付きませんでした。あとで分かったのですが、肥満が原因だったのです。車の運転が怖いので、これは何とか直さないとと思い、岡崎市民病院に行って治療を受けることになりました。一日の入院でいっぱい機械をつけて計測して原因と症状を把握した結果、重症の睡眠時無呼吸と分かりました。それからは、寝るときにガスマスクのようなものを口と鼻につけることが続きました。結果的に機械が外れるまでに1年ほどかかりました。機械が外されたときの開放感は忘れられません。

 無呼吸症候群のこと、メタボになっていたことを知り、何とかダイエットをしなければならないと思うようになりました。そこで、ボクの健康の師匠であるSさんに相談したのです。彼は、10年ほど前に大腸がんを患い、手術したあと、現代医療の放射線治療とか抗がん剤の治療とかを拒否し、民間医療を色々と研究して、足裏マッサージにたどり着いて、自ら中国、台湾、タイなどの国のマッサージを研究し、技術を学び、それを利用して自らの癌の再発を克服したばかりでなく、多くの難病を抱えた方々に施術して回復させていたのです。

 兄とSさんのダイエットへのアドバイスは、基本的に摂取するカロリーを減らし、運動をすることでした。朝は野菜ジュース一杯、昼はうどんかソバ一杯だけ、しかし夜は制限せずに思いっきり食べる、というものでした。朝と昼にそんな少ない食事では空腹感に耐えられなくならないか心配していたのですが、2,3日続けるとまったく空腹感がなくなっていくのです。これには驚きました。Sさんは、「日本人は飽食になれてしまい、たくさん食べないと満腹感が得られなくなっているんですよ。昔の日本人は皆粗食でした。少ない食事でも人間の胃がそれに合わせて機能し、粗食に耐えられるように作られているんです。」と言うのです。なるほどと、納得しました。

 運動については、マラソンやジョギングのような激しい運動ではなく、歩くことが基本であることをSさんから学びました。筋肉トレーニングよりもストレッチをして筋肉を揉みほぐすことが重要であることも学びました。ジョギングシューズを買ってジョギングを始めたのですが、苦しくて三日でやめました。自転車が良いと聞いたので買って乗り始めたのですが、僅かな登り坂でも辛くて、これも三日で止めました。ハードなトレーニングは筋肉を固くしてしまい、血流には良くないのだそうです。歩くことは誰でも簡単にできることですので、ボクでも続けられています。それに一番お金がかからない方法です。

 歩くと言っても、できるだけ1時間以上歩き続けることが肝要です。それ以下では、十分な体全体への血流が起こされないからです。それも、毎日欠かさずに歩くことです。はじめは苦しくても次第に体が慣れてきて、歩くことが楽しくなってきます。ボクは、毎日の歩いた時間を記録しています。記録することが長続きの動機付けになります。歩き方も、できるだけ大股でおへそを前に突き出すように歩き、しかもつま先でけって推進力をつける歩き方です。要するに、足の付け根の部分(腰)が十分に動かすように歩くことが、全身の血流を促すのです。そのような歩き方は、大腿筋ばかりでなく腹筋も背筋も使い、内蔵脂肪を燃焼させ、皮下脂肪も取り、ダイエットにも効果があるのですね。アップダウンの激しい山歩きは、それらに加えて心肺機能を強くします。山歩きは平地を歩くよりもはるかに体力を使いますので、息が上がるので大きく息を吸い込まないと息切れしてしまいます。それが心肺機能を強くするのですね。

 これらの運動と食事制限によって、わずか3ヶ月で劇的に変化しました。3ヶ月で74kgから64kgへと10kgのダイエットに成功したのです。毎朝体重を量っていますので、それをグラフにすると「右肩下がり」に減っていることが目に見えて分かるのです。感動しました。可視化することが大事なのですね。しかし、どういうわけか、それからがなかなか減量していかないのです。結果的に60kgまで減ったのですが、それには半年も掛かりました。減量に成功して、睡眠時無呼吸も少しずつ改善し、昼間も眠くならなくなりました。毎日の散歩も楽になりました。市販の10kgのお米を持ったことがある方が多いと思います。それだけの重荷が減ったのですから、楽になるのは当然なのでしょうね。

 さて、この続きは、次回に回しましょう。


アマサギとアオサギの飛翔! カモが川に!

   先回は、アマサギアオサギが仲良く川の水辺にいるところを写しましたが、スペースがなくて彼らの飛翔する映像をお見せすることができませんでした。下の写真がアマサギの飛ぶ姿です。きれいですね。

アマサギの舞

  アオサギの飛翔が下の写真です。これもきれいです。

アオサギの舞

  散歩で開成地区を歩いていたら、巴川の川にカモが二羽泳いでいました。遠くだったのでカモの種は分かりませんが、およその形からマガモではないかと思いますが、確かではありません。

カモが水遊びを

  下も巴川で水浴びをしている小鳥がいましたが、遠くて種類まではわかりません。

この水辺の鳥は?

  川は小鳥たちが水浴びをする場で、小鳥たちにはなくてはならない環境なのですね。川辺は小鳥たちの生活の場なのですね。




明けましておめでとうございます!今年も良い年でありますように!珍しい鳥たちに出会った!

      新年、明けましておめでとうございます。
 
2015年の幕開けですね。ところが、元旦から雪です。吹雪いています。この正月に孫が来る予定になっていましたが、残念なことに取りやめることにしました。新城に下る道が急な坂なので、交通事故を心配したからです。
 今年も、このブログを充実したものにしたいと張り切っています。今年もよろしくお願いいたします


   真冬になり、樹木の葉がほとんど落ちてしまい、野鳥が見えるようになりましたが、望遠レンズをつけたカメラを持って歩くと重いのと植物たちの花がほとんどなくなるので、最近は持たないで散歩をしていました。というわけで、小鳥たちをたくさん見るのですが、ほとんで写せませんでした。そこで、最近は重いですが望遠レンズのついたカメラを持ち歩いて撮影しています。
  下は、望遠ではなく普通の画角のカメラでシカを写しました。善福寺周辺を歩いた時、金網の中に入って山に逃れることが出来なかったシカが、フェンスの中を逃げ回っているところを写しました。これ以上大きく拡大できませんでした。橋の向こうに小さくシカが写っていることが分かりますね。


遠くにシカが

  その近くのビニールハウスの骨組みの上に、猛禽類と思しき鳥が止まっているのを見て写真を写しました。どうもトビとは違っているようです。図鑑で調べたところ、ミサゴではないかと思います。首の周りや腹が白いので、全身が茶色のトビとは違います。ボクは初めて撮影できた鳥です。嬉しくなりました。望遠レンズで写せば、もっと詳細に姿を捉えることができたのに、と思います。と書きましたが間違いでした。一読者のコメントを載せます。「ミサゴではなくノスリですね。猛禽類の中では丸っこくて大人しい、人をそこまで警戒しないかわいいやつです。 日本で繁殖する個体も少数ながらありますが、冬季は圧倒的にシベリアからのお客さんがおおいですね。」 ご教示を有難うございました。

ミサゴを初めて見た
ミサゴを初めて見た2

  下は、ミサゴが飛び立ったところを写したものです。羽の裏側が白いので、トビではないですね。格好が良い鳥です。

ミサゴが羽を開いた

  大晦日の日に近所を散歩したのですが、ホオジロが群れをなして木々の枝を飛び回っていました。頭にトサカのようなものがあるので、スズメではないですね。

ホオジロが枝に

  下の写真では、二羽のホオジロが止まっていてきれいでした。と書きましたが、読者から間違いを指摘されました。「ホオジロではなくカシラダカですね。 よく似てますが、よく見るとほおの白い部分がなく、冠羽をほぼ常時に立ててます。ミヤマホオジロは冠羽を立てるのが好きですが、ホオジロはあんまり立てないですね。」ということです。ご教示を感謝し、訂正いたします。

二羽のホオジロが

  庭のウメにいっぱいの花芽が付いていました。真冬で植物は冬眠状態になるのですが、そのなかでも春の開花の準備をしているのですね。命の営みはすごいです。まだ寒い3月になってから花を付けますね。

ウメの花芽が

  近所の庭のミツマタが、下の写真のように面白い形の実を垂らしていました。

ミツマタの実

  巴川の橋の上から、サギが二羽、川にいました。餌を漁っていたのでしょう。写真の姿からすると、アオサギとコサギではないかと思っていました。

アマサギとアオサギ

  白いサギは、よく見るとコサギではなく、アマサギのようです。コサギは嘴が黒いです。アマサギが見られるのはとても珍しいです。ぼくはほとんど見たことがないのです。

アマサギを見た

  今回は、鳥の特集のようになりました。



coppice(雑木林)

森楽、flutevioline

Author:森楽、flutevioline
退職後、都会生活ばかりだったボクにとって田舎の自然豊かな里山の生活は、新しい発見の連続で楽しい! 自然の写真が満載です! また、こんな老い生き方があることを示したみたい!

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