文珠山の山道で ミヤマシキミの赤い実、アカタテハ、キブシの花、シロモジの開花が美しい!

  文珠山の山道で出会った植物を紹介しますね。下は、ミヤマシキミの実です。光沢のある真っ赤な実が美しいですね。

ミヤマシキミの赤い実が

  文珠山の山頂で、アカタテハを見ました。ようやく止まったところを撮影できました。羽の模様がきれいですね。

アカタテハがきれい

  文珠山の山頂は、ホソバシャクナゲがたくさん自生しているところで、それに大きな花芽がついていました。開花の準備が進んでいるのですね。開花が楽しみです。ホソバシャクナゲは、静岡県の西部と愛知県の東部にしか生息しない地域固有種なので、貴重な植物なのです。

ホソバシャクナゲの冬芽が
  文珠山の山道を歩くと、モミの巨木がたくさんあります。その下の山道にはモミの種が敷き詰められたように散らばっています(下の写真)。秋にはモミの木に松ボックリのような球果ができてきれいなのですが、冬にはそれがバラバラになって種が飛び散るのです。いつも思うことなのですが、こんなにたくさん種が落ちても、巨木にまで成長するのはそのごく一部なのですね。他の植物も同じで、ものすごい数の実が落ちても、成木になるのはごくわずかです。こんなふうに大量の種を生産するのは、植物たちの生き残り戦略なのでしょう。

モミの種がいっぱい

  キブシのすだれがきれいでした。キブシの花が咲いたのです。長さ6~7cmに垂れ下がる黄色の花が、まるでスダレのようなので、そう名づけているのです。

キブシのスダレが

  アップすると下のようになります。まだ完全に開花はしていないようです。

キブシの花が咲いた

  シロモジが花をつけ始めました。この地方では、落葉低木では一番個体数が多いのがこのシロモジなので、花がつくと森がいっぺんに華やいできます。黄色い花が美しいのですね。これもサクラなどと同じように花が咲いた後に葉が展開しますので、花が華やかなのですね。作手よりも標高の低いところにゆくと、シロモジはほとんど見なくなります。「作手の花」として有名にしたいと思っているくらいです。

シロモジの花が咲き始めた

  黄色い花の真ん中に尖ったオレンジ色の物が突き出していますが、それが葉の新芽です。その形が面白いですね。

シロモジの花が1

シロモジの花が2

シロモジの花が3






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炭焼き体験の森で クスノキの冬芽、タチヤナギの穂、サクラの花がきれい!

   農協に車を置いてその近所を散歩した時、タチツボスミレが咲いているのが見られました。春の初めに可憐な花と咲かせます。春の訪れを感じます。

可憐なタチツボスミレ

  あるお宅に庭に、色鮮やかなクリスマスローズが咲いていました。このお宅の庭園は見事な花園なのです。どの季節でも美しい花を咲かせており、草花を見に来るのが楽しみです。

クリスマスローズがきれい

紫色のクリスマスローズ

  下は、クロッカスですね。色が本当に鮮やかですね。花の美しさに驚きです。

パンジーなどが

  3月27日に、岡崎の自然体験の森を歩きました。道端に冬芽が赤くて美しい植物を見ました。調べてみたら、クスノキでした。冬芽がこんなに美しいなんて、知りませんでした。

炭焼き体験の森でクスノキ

  タチヤナギに穂が出ていて、それが色づいていました。黄色い穂がきれいですね。タチヤナギの葉は、細長くて先が丸く、細かい鋸歯があるのが特徴です。

タチヤナギの穂が

  サクラが満開でした。暗い森の中に咲く桜は、華やかです。やはり、春の季節感があっていいですね。サクラは種類が多いですが、おそらくソメイヨシノだと思います。

サクラが満開で

サクラの花は美しい

  山道にヤシャブシがたくさん生えていました。今の季節は、そのヤシャブシに雄花が垂れ下がるのですね(下の写真)。その色が黄緑色で、とてもきれいです。雌花は黒っぽい楕円形です。

ヤシャブシの雄花が

  ところが、すぐ近くのヤシャブシの雄花は黄色なのです。上と比べてみても、色の違いが顕著です。成長の段階によって違いが生じるのか、個体差なのか、ボクには分かりません。

ヤシャブシのお花の色が

  春は、植物たちの活動が活発になって、ボクらの目を楽しませてくれますね。




岡崎の家の耐震工事完成! ひさしの取り付けを! 新車を購入! 消費税アップの駆け込み!

  岡崎の家の耐震工事が完了しました。なぜ岡崎の家を耐震工事をしなければいけないのか、そのいきさつをお話しておかないと、話がわからないと思いますので、少々詳しく述べておきますね。

  小生72歳の誕生日を迎えました。昔、70歳といえばヨボヨボのお爺さんですが、今はこの年の人で元気な人が多いですね。ボクも元気なつもりでいました。でも、ボクは1年ほど前に脳梗塞を患い、それを契機に自分の健康のことを考えざるを得なくなりました。幸い症状は軽かったので良かったのですが、二度目の脳梗塞を患ったら命がないか、重度の障がいを受けることになると覚悟をせざるを得なくなったわけです。今住んでいる作手は田舎なものですから、車を運転できなくなったら生きていけなくなります。日頃の買い物は徒歩で行くには遠すぎます。作手の家を終の棲家というわけにはいかないのです。そうすると、ボクらの今の状況では、終の棲家は、前に住んでいた岡崎の家を使うことを考えざるを得ないわけです。

  ところが、岡崎の家は40年ほど昔に建てた古い家ですので、当時は耐震建築とは程遠い状態でした。今では当然、今の建築基準法をクリアーしません。当面すぐに病気になって車の運転に支障があるわけではありませんが、いずれそうなるわけで、今のうちにその準備をしておいたほうが良いと判断したのです。しかも、東南海地震が間近という情報もあります。そうなったら、ひとたまりもなく我が家は倒壊するでしょう。そこで、岡崎の家の耐震工事をすることにしたのです。当初は、新しくリフォームして他人に賃貸しをするなどを考えましたが、その考えで業者に見積もりをとってもらったら、とてつもない高額な工事費となることが分かりました。そこで、それを一切諦めて、耐震工事だけをお願いすることになりました。それでも大分お金がかかったのですが、やむを得ません。

  工事は、モルタルの壁を剥がし、中の悪いところを補修し、すべての壁に硬いボードを貼って強度を強くし、外側をカラートタンで覆うというやり方です。もちろん家の周りには足場が組まれ、モルタルはがしから工事が始まったのですが、1月の中頃から3月の中頃までかかりました。外の作業ですので、大雪が降ったり雨が続いたりして、予定をだいぶオーバーしました。でも、完成して嬉しいです(下の写真)。

  モルタルを剥がしてみて、内部の状態を見たところ、数箇所、柱や土台に腐っているところがありました。特に二階や屋根の重さを支える真柱が腐っているところが見つかり、まさに大地震が来たら二階もろとも落ちてきて家が潰れることが想像できるのです。そんなところに住んだら大変なことになっていたわけで、耐震工事をして良かった、と思いました。



耐震工事完了の姿

  上の写真で、庭の方に面した建物の壁に木材が立てかけてありますが、その訳は、工事前は二階にベランダがあって、それが雨よけの役割を果たしていたのですが、ベランダが大分傷んでいて撤去してもらった関係で、1階の庭への出口が雨ざらしになってしまうので、その雨よけのひさしを作るために大工さんにその木材をお願いして立てかけておいたのです。そして、1週間ほど前、ボクがそのひさしを作りました。下の写真は、その時の記念写真です。タルキと胴縁の上に波板を乗せてボクがそれを留めているところです。玄関は別のところにあるのですが、庭への出口の方が出入りがしやすいので、このひさしがとても重要なのです。一日かけて完工しました。久しぶりに、木工の工作ができて楽しかったです。

ひさしの取り付け

  もうひとつ、ボクらにとってビッグ・イベントがありました。それは、車を買い換えたことです。ボクらの車はトヨタのプリウスですが、最近車の不具合が見つかり、リコールされましたが、ボクの乗っているプリウスも例外ではなかったのです。そこでディーラーのところに行って修理をしてもらったのですが、その時、もうじき車検の時期を迎えることの話になったのです。
  ディーラーの説明によると、今の車は5年も前に買ったもので、大分乗っているものの今ならかなりの値段で引き取ってもらえること、メーカーが作り各販売会社に割り当てられている特別仕様車というものがあって、それならば特別に安く提供できる、というのです。「消費税アップのこの時期に買い換えたほうがお得ですよ」といううまい口上に乗せられて、買い換えることを決意した、というわけです。上に述べた家の耐震工事の件も、消費税アップという圧力に負けた結果です。まさに駆け込みです。なけなしの貯金をはたいて多額の出費をすることになってしまいました。


新車プリウス

  庭の植え込みに、オオイヌノフグリが群生していました。前に写したときは、こんなに密集して咲いていることはありませんでした。きれいですね。

庭のオオイヌノフグリ

  前回、庭に薪にする雑木の丸太が山積みされている写真をお見せしました。11月頃から5ヶ月の冬の時期にどのくらいの薪が消費されるのか、下の薪置き場の様子をお見せすれば分かっていただけると思って撮りました。下の写真のように、わが家の薪置き場は、1間の幅の置き場が四つ並んでいます。シーズン前はほぼ満タンに薪が詰まっていたのですが、このシーズンに、奥の二つが空になっており、手前の置き場はすでに空になった後に補充された薪が置いてあるだけなのです。ですから、これまでに三つの置き場が空になった、それだけ消費したということです。
  すごい量になるのですね。今はもう、朝夕の寒い時だけ炊いており、日中は薪ストーブをたくことはありませんので、消費量が少なくなっていますが、四つ目の置き場の薪にも手がついています。ここの他に、別のところにも巻置き場があるのでここだけではないのですが、これだけ消費されるわけですから、来シーズンのために大量の薪を備蓄しておかなければならないのです。薪ストーブは暖かくて格好が良いと思われるかもしれませんが、薪の作る苦労を考えると、あまりお勧めできません。薪調達の目処が立たないのなら、やめた方がいいですよ、と皆さんに勧めています。


空の薪置き場






岡崎の郊外で ウメの花が美しい!サンシュユ、ヒメオドリコソウがきれい!

    もう一週間ほど前になりますが、岡崎の北の方の郊外を歩きました。作手と違って、岡崎は春だったのです。ウメが満開でした。下の写真のように、白梅と紅梅がきれいでした。

白梅が美しい

紅梅が美しい

  民家の庭先に、サンシュユが黄色い花をつけていました。ウメもサクラもそうですが、葉が展開する前に花が一斉に咲く植物はきれいですね。

サンシュユが美しい

  ブドウ園の方にゆく山道を登ったところに、ウメが満開に咲き誇っていました。紅梅と白梅が二本、競い合っているように咲いている姿は美しいですね。

白梅と紅梅が

  道端にホトケノザの大群落がありました。一面に斜面を覆う花の景色は素晴らしいです。

ヒメオドリコソウ大群落

  その一部をアップしたのが下の写真です。ありふれた雑草ですが、花は美しいですね。

ヒメオドリコソウが美しい

  河川敷のヨシの藪に、メジロが大群をなしていました。メジロも群れをなす性質がありますね。藪の中ですので、なかなかうまく写せないのです。でも、可愛いですね。

メジロの大群

藪にメジロが

  下は、民家の庭先に咲いていた植物の花ですが、名前はわかりません。ボクらの背丈くらいのブッシュで、尖った硬い葉で、濃いピンク色の花が咲いていました。

この花は何?

  下は、ご存知キンカンですね。鈴なりに黄色い実がなるのはきれいです。

鈴なりにキンカンが






巨木めぐり 作手の文珠山のブナ、雲龍ガシ、古宮城址の大ヒノキ!

  もう3週間くらい前、Hyさんの山から切り出された雑木の丸太をHさんがドサーッと庭に置いていかれました。コナラを中心に、さまざまな雑木です。薪ストーブの薪としてにもってこいの材料ですので、すぐに輪切りにしたかったのですが、その後、大雪になったり、寒かったりして、ほとんど手つかずの状態です。下の写真で分かると思いますが、薪にするまでに相当の日数がかかりそうです。暖かくなってからとは思うのですが、そのしんどい作業のことを思うと、気が重くなります。暖かくなれば、気も変わるでしょう。

庭の丸太の山が

  さて、巨木めぐりを紹介していましたが、今度は作手です。まずは、古宮城址の大ヒノキです。下の写真がそれですが、根元付近で大きく二股に分かれていたヒノキですが、大分前にその片方が折れてなくなり、そこから腐り始めたのです。これ以上雨が入り込まないように、上にビニールのような防水布を被せてあります。痛々しい姿ですね。樹齢400年以上と言われていますので、ここに武田信玄が築城することから生えていたことになります。片方が折れなかったら、すごい太さの圧倒的な巨木だったことでしょうね。片方の幹が折れてしまったので、向こう側に傾いてしまい、倒れそうだったので、何本かのワイヤーで倒れないように支えがしてありました。

古宮城址の大ヒノキ1

古宮城址の大ヒノキ2

  その近くの空き地で、キタテハというタテハチョウの仲間を見ました。黄色い羽とその模様がきれいですね。

キタテハを見た

  次は文珠山の巨木ブナです。そのブナは、善福寺から15分くらい山を登り、文珠山の頂上にあります。これはこれまでに何度も紹介していますが、同行した友達もその大きさに感激していました。葉を落としていますのでその枝ぶりがよく見えます。それは圧倒的な存在感ですね。根元にはブナの実がたくさん落ちていて、実によって敷き詰められているほどでした。

文珠山の巨木ブナ

ブナの落ちた実

  善福寺の駐車場の近くに、下の写真のような黄色い花をつけた低木がありました。ミモザだろうと思います。テレビで紹介されているのを思い出しました。独特の美しさの花ですね。

ミモザを初めて見た

ミモザの花

  文殊山から下って、善福寺の近くにある仏頭岩と雲龍ガシを見に行きました。その説明版にあるように、雲龍ガシというのは、アカガシです。幹が赤っぽいので付けられた名前です。樹齢は300年くらいと言います。雲龍ガシは、仏頭岩の巨大な岩塊を包み込むように根が張り、その太い幹がその上に乗っている感じですね。アカガシの生命力を感じます。

雲龍ガシ

雲龍ガシの説明版





巨木めぐり、その2 夏山の大杉、切山の大杉がすごい迫力!

  巨木巡りの第2弾です。次に行ったのは、旧額田町の樫山の北、夏山の大杉です。ここもしばしば車で通りながら、「おおきな杉の木があるなあ」くらいにしか思っていなかったのですが、実際に近づいてみるとすごい大きな杉の木であることが分かりました。近くからではその大きさがわからないだろうと思って、少し離れたところから写したのが下の写真です。樹高は35mあるとのこと。

夏山の大杉全景

  下の説明版を見ても、その大きさがわかりますね。樹齢800年とありますが、記録に残っているものからの推定ですので、もっと古いのではと地元の人は言っていました。諏訪神社の境内に立つ大杉です。

夏山の大杉看板

  近寄って根元を見たのが下の写真ですが、すごい迫力なのは、太い根がまるで大蛇のように曲がりくねっていることです。この土地の地盤はすぐに岩盤があり、土がないために根が土の中には張れず、岩の上にへばりつくように張ったためと考えられています。。

大杉の根がすご

  下の写真で、その幹の太さが分かると思います。

大杉の根の太さは

  樹冠の枝ぶりも迫力があるのですが、写真ではその迫力を表現しきれません。

大杉の上の方が

  下の写真は、下の方の大きな枝を写しましたが、この枝の太さが数10cmもあり、この方が迫力がありますね。

大杉の大きな枝が


  さて、次に行ったのは、旧額田町
の北の外れの切山というところの切山の大杉です。これも、いつも車で通る国道301号線の沿線ですので、いつか見に行こうを思っていたのですが、機会がありませんでした。これも木の近くではカメラで大杉の全貌が見えませんので、少し離れたところから写したのが下の写真です。樹高が38mと言いますから、驚く程の高さです。下に人が写っていますので、高さがある程度分かりますね。

切山の大杉の全貌

  下の写真のように、根元の太さは直径が5m近くあるのではないかと思います。切山の大杉は、夏山の大杉のように根が地表にまで出ていることはありません。

切山の大杉の根元

  樹齢は1000年を超えると言いますから、屋久島の縄文杉にも匹敵する樹齢ですね。

大杉の説明版

  感動したのは、上を見上げると、たくさんの枝が重なり合い、覆いかぶさるように迫ってくるのです。下の写真で、その迫力が分かるでしょうか。

大杉の樹冠

  下の方の大きな枝は、垂れ下がって地表にまで達しています。枝は重いので垂れ下がることはあるのですが、これは極端ですね。説明版には、その枝先が地表についてそこから新しい杉の木が生えて成木になったと言いますが、下の写真の左側(奥の方)に見えるのがその成木だと言います。しかし、枝から根が出てそこに樹木が成長するなんて、本当にあるのでしょうか。ボクは、眉につばをつけています。

大杉の枝が地面にまで

  この切山の大杉は、神社やお寺の境内にあるわけでもなく、ただの畑と山の際に立つ杉です。神社やお寺の境内であればそこは聖域ですので、木をきらないでおく昔ながらの習慣がありますが、ここはそういうことがないにもかかわらず、こんな巨木が生き続けることができたのはなぜなのでしょうか。皆で議論した結論は、「一般に、杉を建築用材に使っていたので、杉は下枝を刈って節目の少ない材木として市場に出していました。おそらくこの杉は、建築用材としてはあまり良くない姿形をしていて、放ったらかしにされたのではないか。そうでなければ、こんなに下の方に枝を残すはずがない。」というのです。ボクもそれが正解ではないかと思います。




三河地方の巨木めぐり! 天恩寺と境内にある見返りの大杉!

   この月曜日、ボクの健康の師匠で、いつも足裏マッサージをやってくださっているSさんの発案で、西三河地方の「巨木めぐり」が企画され、それに参加してきました。面白かったです。この地方に住んでいながら、知らない名所がたくさんあったのには驚きました。
  最初に行ったのは、岡崎の東の方にある天恩寺です。いつもその前の道を通り、名前は知っていたのですが、入ったことがなかったのです。入口付近に大きな桃の木が満開に花をつけていてきれいでした。

天音寺境内の桃の木

  石段を登って境内に入ると、美しい石組みの上にお寺の本堂などがありました。感動したのは、写真にあるようにその石組みです。この地方は領家変成岩類の分布する地域で、背後の山がみな変成岩からなっているのです。この石は、薄く剥がれる性質があって、板状の岩ができるのです。その岩を利用してそれを積み上げて石組みを作るのです。急な崖もこの石組みによって崩れないようにできています。石段もその石によって作られています。その上に美しいお寺の建物が乗っている様子は、風情があって素晴らしいものです。

天音寺石組みとお寺

天音寺の風景

石組みが見事1

  上の2枚の写真では、ほぼ水平に石が積み重ねられていますが、下の写真は、斜めに積み重ねられています。矢の手元の羽のように見えることから、このような石組みを「矢羽根の石組み」と言われており、珍重されているのです。この地方の石垣には、この矢羽根の石組みが各地に見られます。

石組みが見事2

  その上の段に建築された天恩寺の本堂が下の写真ですが、室町時代に作られたという美しい建物です。市の重要文化財のひとつです。

天音寺本堂

  さて、お目当ての巨木とは、門をくぐったすぐのところにあるのが天恩寺の大杉です。下の写真は、上の方から見た多すぎですが、あまり大きくは見えませんね。近寄って写しても、あまりに大きくてうまく写せないのです。

天音寺の大杉

  下の写真は、下から見上げたものですが、その大きさが分かるでしょうか。根元の太さが直径4mくらいあるのです。たかさは30mを超えるでしょう。

天音寺の大杉をアップ

  この大杉は、「見返りの大杉」と名付けられていた、家康にまつわるしたのような伝説があるのです。初めて知りました。真偽のほどはまゆつばですが、いかにもありそうな伝説ですね。

見返りの大杉

  境内の一角に、フキノトウがたくさん芽を出していました。天ぷらにして食べたら、さぞかし美味しいでしょうね。

フキノトウが顔を覗かせ

  また、下の写真のように、ショウジョウバカマの花が咲いていました。心和みますね。

こんなところにショウジョウバカマ



春を探して! ネコヤナギが色づいてきました! アセビ満開! 霜柱が!

  作手に春は確実に近づいています。前にネコヤナギの穂が出たことを触れましたが、下の写真のようにそれが色づいてきました。色づくときれいなのですね。

ネコヤナギの穂が1

ネコヤナギの穂が2

  下は、ネコヤナギの冬芽がまだ白い穂に覆われないところを撮りました。その冬芽があかくて美しいのです。

ネコヤナギの冬芽

  今、アセビの花が満開です。小さな壷型の花が枝の下にびっしりとぶら下がっています。。

アセビの白い花

  下は、ネジキの冬芽です。枝も含めて、冬芽が赤くてきれいなのです。

ネジキの冬芽がきれい

  長命湿地のハンノキに雄花が垂れ下がっていました。ハンノキ属の樹木は、春先に枝先に5~6cmの雄花が5本くらい垂れ下がるのです。写真を写したときは強い風が吹いていて、それがなびいていました。根元に雌花の丸い実が付いているのが分かるでしょうか。

ハンノキの雄花が垂れて

  下は、ヤシャブシではないかと思います。ハンノキのように雄花がありませんが、ヤシャブシももう少し経つとお花がついてきれいなのですね。見えているのは、雌花だろうと思います。

これはヤシャブシか?

  道端にショウジョウバカマのロゼット状の葉が見られ、その真ん中に花芽が付いています。そこから30cm位の長さの茎が伸びて、その先に花が付くのですね。開花が楽しみです。

ショウジョウバカマの新芽が

  巴山の周辺を散歩した時に、山道の日陰のところにびっしりと霜柱が立っていました。長さが5~6cmもあるでしょうか。中には10cm位の霜柱もありました。雪はほとんど消えているのですが、日陰の部分は寒いのでしょう。土の中の水分が凝結して霜柱となるのですね。ですから霜柱が立っているところは、土の中に水分が多いところということになります。ここでは、春と冬とがせめぎ合っているということでしょう。

長い霜柱が1

長い霜柱が2




作手にも春の足音が!赤い花のマンサクが!フユイチゴの実がきれい!

  チェンマイの旅シリーズが23回も続いてしまったために、作手ではその間に春の気配が近づきつつありました。しかし、大雪が降ったり、寒い日が続き、寒さに縮こまってしまいそうでした。でも、ようやく本格的な暖かい春の到来ですね。。
  下の写真は、2月末の大雪の後に散歩した時のボクの出で立ちです。あまりに寒いので、腰まで隠れるダウンジャケットを買い込みました。また、ズボンも防寒ようの裏地に毛のついた布を使ったもので、風を通しません。そして、耳を毛のついたカバーで覆うことができる帽子をかぶるのです。更に脚は革でできたブーツを履きます。もちろんマフラーをし、手袋をします。こんな出で立ちで真冬の雪の降る中を散歩するのです。それでも、雪が凍って道が滑りやすくなっていますので、最新の注意をしながらの散歩です。足もとへの注意に神経を使いますので、足に力が入り、すぐに体が熱くなります。


雪の中を散歩

  そんなに寒い季節にもかかわらず、自然は春を感じているようです。2月初めにマンサクが咲き始めたことは報告しましたが、梅はまだつぼみです。だいぶ膨らんできましたので、開花は間近です。下は、オオイヌノフグリで、日当たりの良い道端に咲いています。いつも早春に開花しますね。名前が変わっていますが、実が犬の陰嚢(ふぐり)に似ていることから付けられた名前だそうです。

オオイヌノフグリ開花

  農家の庭先に、赤い色のマンサクが咲いていました。マンサクは黄色の花と思い込んでいましたが、赤い花のマンサクなんて聞いたことがないですね。トキワマンサクというのがあって、赤い花が咲くと聞いたので図鑑で調べたところ、色は赤ではないようなのです。詳しいことは分かりません。

赤と黄色のマンサク

赤のマンサクは

  下は、アカガシではないかと思います。常緑のカシ類ですが、他のカシ類はみな葉に鋸歯があるのですが、アカガシだけは鋸歯がないということを聞いたことがありますので、そこから判断しました。

アカガシに実が

  下は、常緑低木のマサキではないかと思います。実が黄色っぽい殻に包まれ、割るとなかからオレンジ色の実が出てきます。それがきれいなのですね。

マサキに実がいっぱい

  常緑低木のミヤマシキミに花芽が付きました。まだつぼみのようです。花がさくときれいなのですが、・・・・。

ミヤマシキミに花芽が

  下の常緑の葉はなんだろうか、と写真を撮ったのですが、なかなか種名がわかりませんでした。でも調べていくうちに、常緑低木で、葉は互生、卵型で細かい鋸歯があり、先端は尖り、根元はくさび型、本年枝は緑色などの特徴からヒサカキとわかりました。花や幹を見るとすぐにわかるのですが、葉だけから種名を同定することはかなり難しいです。

ヒサカキの葉と枝の緑

  道端に大きな葉のフユイチゴが地表を這っていましたが、そこに真っ赤な実がついていました。フユイチゴの葉はよく見かけるのですが、実が生っているところはなかなか見られません。ラッキーだったのかもしれません。

フユイチゴに実が

  下は、クロモジの冬芽を写しました。つぼみがだいぶ膨らんでいますので、開花は間近でしょう。黄色い花はシロモジにとてもよく似ています。開花が待たれます。

クロモジの冬芽が






チェンマイの旅23 最終回、最後のタイ料理の晩餐、コムローイの熱気球が印象的でした!

  いよいよチェンマイの旅の最後になります。ラオスのルアンパバーンから帰ってしばらくして、日本に帰ることになった晩、お世話になった長兄夫婦が高級なレストランにボクらを連れて行ってくれてタイ料理をご馳走してくださいました。帰国の祝いに、ということです。そのレストランは、ビン川のほとりにあり、下の写真のような立派な建物。川沿いの庭に会食の席が設けられ、そこで川の風景を見ながら食事をしました。

立派なレストラン

  川のほとりは散策できるようになっており、ところどころに下のようなランタンが吊るされていました。前の紹介したペーパークラフトの細工で作られたランタンです。暗くなると火が灯り、すてきな幻想的な風景になるのです。あとでお見せします。

河畔のランタン

  どういう名前の料理か知りませんが、この川で採れた大きな魚の料理も出ましたし、トムヤンクンのような辛いスープやタイのグリーンカレーも出ました。これらがタイ料理の代表的なものですね。みな最高に美味しかったです。日本人はタイ米は美味しくないと言いますが、ボクはとても美味しくいただきました。タイのお米は基本的にはもち米で、それが美味しいのです。グリーンカレーをかけて食べたら最高でした。これに味をしめて、帰りにショッピングセンターでタイ料理の品物をいくつか買って帰りました。日本に帰ってからすぐに食べ尽くしてしまいましたので、すぐにネット販売でそれらを買い求め、今も食べています。

美味しいタイ料理2

美味しいタイ料理2

  日が落ちて暗くなったら、川沿いのランタンに火が入り、下の写真のように、それは幻想的な風景でした。

ランタンに火が

  暗くなったレストランの風景も、灯りが灯って素晴らしかったです。

夜のレストラン

  兄夫婦が小さな、ボクらにぜひ見せたいと、コムローイを注文してくれました。コムローイというのは、小さな熱気球のようなもので、軽い材料で骨組みを作り、それに軽い紙で覆いをかけ、その中に固形燃料のような燃料を燃やすのです。すると、燃料の熱で中の空気が温まり、軽くなって空に舞い上がるという理屈です。
  昔は中国などで戦争の時に通信手段として使われたと言いますが、その後、ブッダへの敬意を表す宗教的な意味を持つようになり、タイ全国で11月にそのコムローイ祭りが行われます。とくにチェンマイのコムローイ祭りは大規模で、僧侶の読経を合図に数千というコムローイが一斉に夜空に上がると言います。それが動画で紹介されるようになり、それをめがけてたくさんの観光客が詰めかけるようになり、祭りの近くはホテルが満席になって、予約することが難しくなっていると聞いています。

   下の写真は、コムローイの下の固形燃料に火を点けたところです。

熱気球に火が

   しばらく持っていると次第に暖かくなり、軽くなって、手を離すと空に舞い上がります。下が手を離してすぐの段階です。

コムローイが登った

  下の写真のように、30秒もすると空高く舞い上がり、だんだん小さくなっていきます。その光景は幻想的です。感動してしまいますね。このレストランに食事に来た人々も、僕らに続いてコムローイを上げていましたので、夜空にいくつもコムローイが見えるのは素敵でした。

コムローイが空高く

  タイ料理も美味しかったですし、コムローイの幻想的な光景も見ることができ、印象的なタイ旅行の最後の晩餐となりました。兄夫妻に心から感謝です。

  翌日は、兄夫婦がチェンマイ空港まで送って下さり、タイエアラインの飛行機に乗り、帰国しました。飛行機から、早朝
雲海の上に浮かぶ日の出を見ることができました。楽しい、刺激的な旅ができて嬉しかったです。
  23回もこのブログを続けましたが、これで、チェンマイの旅のシリーズは終わりにします。


飛行機からのご来光






チェンマイの旅22 Wet Land(湿地)にはスイレンが咲いていました!感激!!

     地図にWet Landと書いてあったので、そこに行ってみたのですが、細い民家の間を縫う路地を入って歩いて行きました。民家の庭には、下の写真のような果物の木がありました。マンゴーではないかと思います。実がついていますね。大きな深く裂けた葉が特徴的です。

マンゴーでは

  下の写真のような植物もありましたが、なんだけ日本でも見たことがありそうな植物ですね。種名は分かりません。花が咲いていました。

この植物は何?

  また、民家の庭に下の写真のように、細長いサヤの実が垂れ下がっていました。これも種は分かりません。サヤインゲンのようですね。長さは30cmくらいあるでしょうか。

実が垂れている

  民家のあいだの狭い門をくぐると、そこに小さな池が広がっていました。これがWet Landの正体だったのです。湿地というと水に浸かった草原という語感ですが、これはまさに池です。驚いたことに、そこに生えていた植物は、スイレンだったのです。

スイレンの池

  しかも、花が満開でした。ボクらはラッキーだったのですね。その美しい花の姿を何枚か写しましたので鑑賞してください。

スイレンの花1

スイレンの花2

スイレンの花3

スイレンの花4

スイレンの花5

  大部分は、ピンク色の花でしたが、下の写真のような白いスイレンの花もありました。

スイレンの花6

  Wet Landの正体がスイレンの咲く池だなんて、驚きでした。でも、旅の最後にこんな美しい自然にめぐり合うなんてラッキーだったと思います。
  ラオスなんてほとんど聞かない国で、ルアンパバーンという名も聞いたことがなかったのですが、このようにこの地を歩き見聞きすることで、この国のことを少しだけ垣間見たというところでしょうか。これが旅の面白さですね。





チェンマイの旅21 ルアンパバーン、朝のナイトバザールの風景は!

  ルアンパバーンのワンデイツアーの翌朝は、飛行機に乗るまでかなり時間があるので、朝食後、ホテルから市内を歩いてみました。夜は夕食を済ませると活動しない習慣がついていますので、ナイトバザール(夜のストリート・ショップ)に出かけたかったのですが、それはしませんでした。そのかわり、朝の散歩をしようと考えたわけです。この地方は、早朝の6、7時には僧侶たちの托鉢があるので、観光客はそれを見に出かけることが多いそうですが、ボクは朝が弱いのでそれも行きませんでした。というわけで、朝食を済ませてからの散歩となったわけです。


早朝のバザール

  朝は何もないだろうと思って、ナイトバザールのある通りに行ったのですが、上と下の写真のように、早朝なのに既にたくさんの露店が出ていました。テントの下に食料品や果物など、なんでも売っています。夜はさぞかし賑わったことでしょう。

たくさんの売店

  下は果物のお店ですが、種類も豊富ですね。

果物の売店

  露天の前に山のように積まれた果物が下の写真です。スイカのようなものですが、それとも違い、何という果物か分かりません。

この果物は?

  国立王宮博物館のすぐ隣りに、下のような美しい寺院がありました。ワット・マイという寺院です。王宮博物館前のとおりですので、さすがに露店は出ていなかったのですが、バイクがいっぱい道端に止められていました。

王宮博物館前のお寺

  下は、正面から見たワット・マイの建物の姿です。とてもきれいなお寺ですね。

きれいなお寺が

  そこを少し過ぎると、下のようなカラフルなテントが貼られ、ここではきれいな衣料品を売るお店が開店の準備をしていました。みな観光客目当ての商売ですね。

織物の露店が

  さらに時間が余ったので、地図を見るとホテルの南の方にWet Land という地名が書いてありましたので、そこに行ってみようとトライしました。街を歩くと、すぐにお寺に出会います。それほどお寺の数が多いのですね。下は、ワット・マノロームという名のお寺です。看板も素敵ですね。

お寺の看板

  下が、入口の門から見たお寺の本堂です。きれいですね。たくさんのお寺を見飽きるくらい見ましたので、中に入るのは止めて素通りしました。

お寺の門が

  すぐ近くの路地に、下のような花が咲いていました。立っている穂の先がピンク色で、きれいです。日本で言うとハーブのような花ですが、名前は分かりません。ボクには、やはりお寺よりも植物の方が興味があります。

きれいな花が

  さて、Wet Land(湿地)の正体は、次回にお見せしましょう。




ボクの健康法その10 高血圧を治す「サバ缶カレー」の効果は?!

   数日前、「ボクの健康法」を久しぶりに書きました。脳梗塞を経験して1年、その後変更したことなどを書いてみたかったからです。今回は、食事療法に関して書いてみます。

  脳梗塞で退院するとき、市民病院の栄養士さんに、具体的にどのような食生活をすればよいのかを相談したことがあります。その時に言われたことは、ボクの場合、塩分を取りすぎていること、平均すると1日12grくらい取っていると計算してくれました。また朝・昼・晩の食事のバランスが良くない、夜の食事に多く取り過ぎれいる。野菜食に偏りすぎているのでもっとタンパク質を取るように、魚は十分ですが肉類が少ないですね、といったアドバイスでした。アドバイスの理由などを聞いて、無知だったことを大いに反省した次第です。

  まずは、減塩ということで、ラーメンやうどん・ソバは汁を全部飲まない、それだけで塩分量が激減すること、醤油をできるだけ使わないでポン酢のような調味料を使う。お浸しに醤油をかけるのではなく、小皿に醤油を取りそれに付けて食べることなど指導され、それを続けています。調理するときでも、できるだけ塩や醤油を使わないで、素材の味を引き出す工夫をしてきました。例えば、昆布などのだしを使うと美味しくなることを発見しました。まて、それまでになく、使うポン酢やドレッシングの種類が増えました。塩分の含有量が少ないものが、いろいろの味で競って売られていることも知りましたし、それが美味しいのですね。

  この減塩は、ボクの高血圧を下げるためです。高血圧の原因の一つが塩分の摂り過ぎだからです。毎日血圧を計測するようになって、確かに血圧が高いことを実感するようになりました。とくに早朝、起きてすぐに計ると、最高値が180mmHgを超えることがしばしばあります。多くの場合は160~170以上あります。医者からは、140~120mmHgにするように、薬で調節してください、と言われています。そこで、血圧の薬をも含めて毎日4種類ものたくさんの薬を飲んでいるのですが、一向に良くならないのです。それも薬を飲み始めて1年にもなるのに、ほとんど変化がないのです。

  そこで、医者に薬の効果がないから薬を止めたいと言ったのですが、薬の種類を変えたり、飲む時間(朝から夜寝る前に飲む)を変えてりして、飲まないことの許可が下りませんでした。しかし、それでも効果が現れません。始めは血圧の計測器が悪いのではないかとも思いましたが、故障はないようです。1年経っても効果が現れないのなら、医師の忠告を無視して、今は血圧の薬は飲んでいません。ただ、過去に脳梗塞を起こしたのですから、血液サラサラの薬は飲み続ける必要があると考え、それは続けています。

  健康問題の雑誌で、「爽快」という月刊雑誌があることをご存知の方もおられると思います。二週間ほど前、連れ合いが本屋さんの店頭で4月号の「血管がぐんぐん若返る、突然死、心筋梗塞、脳卒中を強力に防ぐ、No.1療法」、「耳をもむと体が変わる、超健康になる」という衝撃的な見出しの雑誌でした。そんなことが?! と思って読んでみたのですが、それぞれ専門の医者や研究者が書いているので嘘八百が書いてあるとは思えません。きちんとしたデータを添えて、その効能が書かれていました。

  嘘だと思って、たくさん紹介されている療法の中の一つを確かめようと、「サバ缶カレー」を試してみました。その人は、朝食に週に3、4回、甘口の「カレーライス」を食べると言います。それに鯖缶の水煮をいれると効果が大きいそうです。具体的には、温めた豆乳にカレールーをとかして、缶詰のサバの水煮を加えるだけの超簡単料理。カレーはスパイスの宝庫、スパイスは漢方で言えば生薬で、まさにカレーは漢方薬と言えるほどです。それを朝食べることで代謝が上がり、元気が出るのだそうです。カレーの中心となる成分は、カルダモンというスパイスで、香りが高く脳血管を拡張して血流を増やす作用があるというのです。またカレーの黄色の成分は、ウコンだそうです。

  具となるサバには、オメガ3という不飽和脂肪酸が豊富で、悪玉コレステロールを減らして動脈硬化をおさえ、脳卒中を予防する効果があると言います。高齢者の血管障害が多いのは、タンパク質の不足が言われますが、サバを食べることはそれを補います。豆乳も大豆由来のタンパク質が豊富です。

  具体的に毎朝、サバ缶カレーを食べてみて、その効果に驚いています。ほぼ5~6日で早朝血圧の最高値が平均170mmHgくらいから130台に低下し、その後ずっとその値を持続しています。この雑誌に出ている血圧を下げる療法として、「玉ねぎの油炒め」がありますが、ボクはサバ缶カレーに玉ねぎの油炒めを加えています。

  ボクが試したのはわずか二週間ほどですが、今後も続けてみてさらに効果が確認されれば、ボクは高血圧とおさらばできると思うと嬉しいのです。

  その他、この雑誌には、ヴェルディーのオペラ「椿姫」を聞くと血圧が抑えられるという記事があります。モーツアルトの音楽を聴かせると牛の乳の出がよくなることは聞いたことがあるのですが、何人かのプロが「椿姫」が良いと言います。ホントかなあ、と思い、雑誌に付いているCDを今試しています。素晴らしく楽しい曲で、それ自体を楽しんでいますが。「耳をもむ」療法も効果があるようですが、試している段階です。しかし、サバ缶カレーの効果が大きすぎて、「椿姫」を聞いた効果がどの程度なのかが分かるのだろうか、また「耳をもむ」効果も分かるのだろうかと思っています。


チェンマイの旅20 プーシヒルの頂上のお寺がきれい! 景色抜群!

  プーシヒルの頂上からのルアンパバーンの街の景色は抜群でした。下の写真は、もやってしまって写りは悪いですが、いい景色であることは分かりますね。

街の全景が

  下は、カーン川にかかる橋の風景です。きれいですね。

山の上から橋が

  下も、街の風景です。森の中に街があるという感じで、いい景色でした。

ルアンパバーンの街が見える

  頂上近くで写した赤い実のツル植物です。名前は分かりません。日本で言うとカラスウリのようですね。

沿道で見た赤い木の実

   下の写真は、頂上にあるThat Chomsiという名のお寺の尖塔です。九輪の塔に似た黄金に輝いていている塔がきれいなのです。

プーシヒルの黄金の塔

黄金の塔が

  頂上から北の方角を見ると、眼下にメコンの雄大な流れが見えます。岸にはたくさんの船が停泊していますね。手前の岸には、ココナッツヤシが生えているのが分かりますね。

メコンの流れが

  頂上には、下の写真のような植物の実が見えました。サヤインゲンのような形の30cm位の大きさの木の実なのです。名前は分かりません。

頂上で大きな木の実が

  下の写真の植物も、高木になる大きな木にたくさんの茶色っぽい実が生っていました。ガイドさんに聞いたら、タマリンドといって地元の人は食料にすると言います。下のマーケットでそれを売っていました。

タマリンドという実が






チェンマイの旅19 プーシヒルに登った! 景色抜群!

  さて、ルアンパバーンの一日ツアーの最後は、プーシヒルといって街の中心近くのそびえる丘に登りました。ボクらは南側のカーン川の方から328段の急な階段を登っていったのですが、カーン川では、下の写真のように子どもたちが川遊びをしていました。この地方は夏なのですね。

カーン川で遊ぶ子どもたち

  別のところには、竹で作った橋が掛かっていました。日本では、竹の橋など見たことがありませんね。実際に使われているのが面白いですね。すぐに流されてしまいそうです。

竹の橋が

  急な階段を汗を流しながら登っていくと、カーン川やルアンパバーンの街全体が見渡せるようになります。下の写真のようにとても景色が良いのです。

山の上からカーン川を

上から街を見下ろす

  上の方に着くと、階段の入口にドラゴンの像が迎えてくれました。

階段を登って

  そこから上は、たくさんの仏像が立てられていました。下は、建物の中に飾られています。

至るところに社が

  下は、涅槃仏ですね。釈迦(ブッダ)が入滅するとき、寝ながら説法をしたと言い伝えられ、それを仏像にしたものですね。寝仏とも言いますね。必ず左を上にし、頭は北を向いていて、従って顔は西を向いているのだそうです。

寝姿の仏様

  下の仏像は、ブッダの説法を聞きに集まった僧侶たちを描いています。みな共通して黄色・金ピカなのはなぜなのでしょうか。仏像についてはボクはほとんど知らなかったのですが、ネットで調べてみたら、いろいろのことが分かってきました。下の仏像は座像ですが、座像はブッダが悟りを開いた後に説法をしているところであり、立像は悟りを開く前の求道している時を表しているのだそうです。またどの仏像も、衣は左肩にかけ、右手を出しています。それは、インドやこの地方では、左手は不浄の手と言われているので、それを隠すため、と言います。そういえば、チェンマイやルアンパバーンで見た僧侶たちは、左肩を法衣で覆っていました。

ここにも仏像が

  下の仏像も、金箔のようなものが塗られていますね。

ここにも仏像が2

  下の写真のように、ルアンパバーンの街全体が見渡せます。中央を流れるのはカーン川です。周囲の山々も含めて、いい景色ですね。

山の上からの景色が1

  遠くにきれいなお寺が見えます。よく見ると、先回報告した赤と黄色のきれいなお寺であることが分かりました。

遠くにお寺の塔が

  街の家々の屋根がきれいですね。いたるところにココナッツヤシが植えられていることが分かります。

きれいな建物が






チェンマイの旅18 田舎の村の紙漉き工房が面白い!

  次に訪ねたのは、絹織物の工房でした。この工房では、絹織物の原料となる絹糸の染色など、実際の作業を見せてくれました。また、下の写真のように絹織物の機織りを実演していました。日本の機織りとほとんど同じですね。たくさんの女性たちがこの工房に集い、出来上がった美しい絹織物を売っていました。ほとんどは観光客目当てです。この地方の重要な産業の一つであり、貴重な伝統が引き継がれているのだそうです。

機織りの実演が

  工房の道路を隔てた対面には、銀細工の工房がありました。Silber Shopですね。銀細工は昔から伝わっている工芸品です。見事な銀細工の品々に目を見張りましたが、ボクらにはあまり興味がないので素通りしました。

絹織物の館

  もうひとつ、田舎の村にいきました。そこはペーパークラフトの工房があるというのです。日本で言うと、和紙の紙漉きの工房です。紙漉きの仕方は日本とほとんど同じで、四角で囲った平らな板の上に水に解いたコウゾの液を流し込み、平らに均して、下の写真のように天日干しをするのです。面白かったのは、その紙を使った工芸品です。

紙漉きの天日干し

  下の写真のように、本や手帳のようなものを作ったりして売っていました。素敵なのです。

ペーパークラフトの店で1

  下のように、星型の飾りや紙袋や小さな絵などが売られていました。とてもきれいでした。日本の和紙には、絵はあってもこのようなものはありませんね。

ペーパークラフトの店で2

  下は、伝統的な絵です。写真に写っている女性がこの絵を描いたそうです。二人の僧侶の絵も、「生命の木」の絵も素敵なのです。

ペーパークラフトの店で3

  下のようなランタンが吊るされていました。とても美しい形と色ですね。壁に飾られているのは、仏教的な絵です。それが皆素敵なのです。みんな手に入れたいと思ったのですが、その中の一つにいたく心惹かれ、思わず美しい図案の「生命の木」を買ってしまいました。畳半分位の大きさの絵でしたが、店の年配の女性の主人が書いたのだそうです。日本円にすると1200円くらいですから、安いものです。お世話になった兄夫婦に贈ることにしました。

ペーパークラフトの店で4


  その工房の前に、小さなお寺がありました。小さな社と言ったら良いくらいの大きさで、写真のようにとてもきれいなのです。


小さなお寺が

  本堂は下の写真ですが、白い壁が印象的で、比較的簡素なお寺ですね。

田舎のお寺は

  でも、正面に回ったら、すごい豪華な飾りのある建物でした。正面には、先回記した洪水管理の女神さまが対をなして立てられていました。黒い曲がった棒を持っている姿は、なんとも奇妙ですが、色が白くて艶かしくもありますね。

お寺の女神






チェンマイの旅17 ルアンパバーンはきれいなお寺がたくさん!

   次に行ったのは、Wat Visounというお寺です。これまでのきらびやかなお寺と違って、シンプルな感じです。壁も白ですし、屋根も立派ではありません。なにやらのぼりのような布が竹に吊るされています。境内にはココナッツヤシがたくさん植えられていました。

ワット・ヴィスーン

  境内の中に、前に話をした「生命の木」があり、その下に金色の仏様が飾ってありました。気がつくと、その下に曲がった棒のようなものを持った女性の像が立っていました。ガイドさんの説明によると、これは洪水を収める女神だということです。このような女神は、多くの寺で見ました。メコン川などの氾濫による水害がこの地方の重大な脅威だったので、このような女神にお祈りを捧げたのでしょう。

洪水の女神

  この境内には下の写真のような、木製の鐘が吊り下がっていました。僧侶たちに時刻を告げる道具ですね。前のお寺で丸いシンバルのような鐘がありましたが、これは木で出来ています。叩くと良い音がするのでしょうね。

木の鐘が

  下の写真のような、古めかしい塔が立っていました。

古いドーム

  境内に建築中とおもわれるお堂がありました。屋根を葺いているところでしょう。

建築中の本堂が

  本堂の中には、下の写真のような柔和な顔をした仏様が置かれていました。この仏様の建物の周りの廊下には、数十体の仏様の像が刻まれていました。みな女性の顔立ちと体つきをしていました。ブッダは男なのに、と思いました。

本堂のほとけ様

  下の写真は、あとから行くことになるプーシヒルのお寺が遠くによく見えました。

プーシヒルのお寺が

  さて、次に行ったのが下の写真のお寺です。実に美しいお寺で、黄色と赤のコントラストが素敵なお寺でした。

赤と黄色の美しい寺

  建物の上の方の小さな建物の下にあるのは、やはり仏様でした。

赤と黄色の寺の頂部

  また、境内には下の写真のような巨木が生えていました。黒っぽい実がたくさんついていましたし、下の方には赤い花が咲いていました。花と実とは別の種類の樹木なのかもしれません。でも、種名は分かりません。

境内の大きな樹木に

  下の方には、たくさんの僧侶が住んでいる建物が並んでいました。僧侶の姿も見かけました。あどけない顔をした子どもの僧もいました。

建ち並ぶ僧坊



ボクの健康法 脳梗塞を患ってちょうど1年、歩くことの効能、足裏を刺激すること!

  さて、チェンマイの旅をちょっと中断します。
    ボクの健康法について、前に何度か書きましたが、脳梗塞を患ってちょうど3月2日で1年になりました。あれから大分「ボクの健康法・減量法」も変わってきましたので、暫くぶりで気がついたことを書いてみます。これまでのことについては、このブログの「ボクのダイエット健康法」をキーワードに探してください。記述に重複があるかもしれませんが、お許しください。

  基本は、先ずは歩くことに変わりはありません。日課として、ボクは毎日1時間歩くことを肝に銘じています。大雪が食ったり、嵐だったりして散歩をやめる日もありますが、大体毎日続けています。それも、できるだけ足の付け根(腰の部分)を動かすように歩くのです。そのためには、大股に歩き、おへそを突き出すように歩く必要があります。そして、後ろ足はつま先で蹴り上げるようにします。そうすると、足の指を使いますので、足指が強くなる効果もあるのですね。そういう歩き方で1時間も歩くと、今のように真冬でも汗をかくくらいになります。
また、歩き方で直線の上を歩くことや、モデルさんの歩き方のように足をクロスして歩くと、普段は動かさない足の内側の筋肉を動かすことになり、有効です。

  このように、散歩をすると体全体の血流がよくなる効果が大きいのです。大股で歩くと足のふくらはぎをよく使うことになります。ふくらはぎは、足の方に溜まった血液を静脈として心臓に送り返す役割を果たします。ふくらはぎは第二の心臓と言われる所以ですね。15分くらい歩くと体が内部から温まってきます。血流が少しよくなってきた証拠です。それをさらに続けると30分くらいで、体全体に血液が回ります。それを持続して1時間くらい歩くと、さらに効果が大きくなるのです。ですから、散歩の歩数(歩数計で計るよりも)よりも、持続した散歩の時間の長さが重要なのですね。1時間よりも長くても構いませんが、少なくとも1時間くらいは持続する必要があるのです。血流が良くなるということは、食べ物から摂取した栄養素が体のすみずみまで届いて、体の細胞が活性化するということです。老廃物もどんどん尿や便となって排出されることになります。

  基本的には、散歩は体の血流を良くすることですが、さらに散歩の効能について、これまでに気づいたことをあげてみます。ボクは昔、慢性的な便秘に悩んでいましたが、それが解消しました。歩くと腸の動きが活発になるためなのでしょう、散歩中に排便をもよおすことがしばしばあります。野山なので、隠れたところで排便してしまいます。それでも、時々便秘になりますので、体に優しい漢方の便秘薬を飲んでいます。

  外を散歩しますので、太陽の光に当たりますので、日に当たることによってビタミンDが体の中に自然に作られ、免疫力のアップにつながります。風邪も惹きにくくなります。ある医者は、冬でも半袖で外を散歩するそうです。肌を露出して多くの日に当たるためと言います。作手は寒いので真冬では半袖は無理ですが、・・・。散歩のおかげでしょうか、ボクは、時たまに風邪をひくことはありますが、ほとんど風邪をひいたことはありません。薄着は
日に当たることも良いことですが、それよりも肌を外の空気に晒すことで皮膚に寒暖の差を感じさせ、皮膚の末梢神経を刺激することになるのではないかと思います。

  散歩は体を使いますので、夜にはぐっすりと眠れます。睡眠は基本的に大事ですが、散歩することによって日頃のストレスを発散させますし、肉体が疲れますので、何もしないよりもぐっすりと眠れるのです。睡眠薬など、ボクは飲んだことがありません。

  歩くことは、自然と足の筋肉(ふくらはぎ、大腿筋)を動かすことはもちろんですが、同時に腹筋や背筋を動かすことになり、筋力を高めることになります。意外といろいろの筋肉を使っているのですね。筋肉量が増えると基礎代謝が増大し、持久力がついてきます。基礎代謝とは、呼吸したり心臓を動かしたり、食べ物を消化する胃の働きなど生きていくために最低の必要とするエネルギーの量です。筋肉は、肉類や卵、チーズ、大豆製品など筋肉の元となるタンパク質の食事をバランスよく食べることが、適度な運動と同時に重要なのです。野菜食が勧められますが、それだけでは筋肉が付きにくいのですね。

  歩くこととは直接関係はありませんが、筋力アップのためには、ストレッチ体操が有効です。筋肉は収縮することによって力を発揮します。ストレッチとは、逆に筋肉を伸ばしてやくることを言います。筋肉トレーニングがよく言われますが、筋力をつけるためには有効ですが、筋肉は強く使えば使うほど固くなってきます。筋肉が固くなると血流が悪くなりますので、強い筋トレはしない方が良いと思われます。筋肉を伸ばして柔らかくすることが血流を良くするのですね。とくに僕らのように高齢者は強い筋トレはやめたほうがよいでしょう。
  
  歩くことは、さらに肺の機能を高めます。1時間くらい歩くと、息が上がります。ということは肺の機能を十分に使ったことであり、肺活量もアップにつながります。とくに山歩きなどでは、酸素(空気)を十分に吸わないと山に登ることができません。そのために空気をいっぱい吸い込むために肺の機能を強化するのですね。山歩きはかなりの辛さを伴いますが、体力に合わせて休み休み登るとよいでしょう。

  血流がよくなる効果があることを話してきましたが、脳も同じです。心臓から頚動脈を通して血液が脳に送られて脳の機能が正常に動くのですが、それがうまく行われないと、大変なことになります。脳出血、脳梗塞などの恐ろしい病気になります。ボクは1年ほど前に脳梗塞になりましたが、その症状は軽度でした。それは、それまでに散歩を続けていたために症状も軽くて済んだと言われました。症状の程度にまで血流が良かったことが幸いしたというわけです。ですから、ある医者は、認知症にも歩くことが良いと提唱していました。歩くことが脳への血流を良くして、脳の末梢神経を活性化させるのですね。

  以上のように、歩くことは健康に良いことだらけなのですね。それなのに、健康を心配している皆さんが、高額なサプリメントなどを使わずに、どうして散歩をしないのでしょうか。製薬会社や企業の宣伝に踊らされているのではないでしょうか。

  もう一つは、足裏マッサージです。大分前から、ボクの健康の師匠であるSさんに足裏マッサージを受けています。中国の観肢法といって施術を受けるとものすごく痛いのです。毎回30分ほど受けるのですが、悲鳴の上げっぱなしです。そんなに痛いのは、足裏に集中して集まっているあらゆる体の部分に通ずる末梢神経を刺激することによって、体の弱い部分を活性化させるのです。例えば胃が病んでいるとすると、胃の部分の足裏のツボ(反射区と呼んでいます)を刺激することによって胃の神経を刺激し、活性化させて胃の病気を治すのです。逆に言えば、足裏の反射区の痛い部分が病んでいるところでもあるのです。Sさんは、足裏を触ってその人の反応を見て、体のどこの部分が悪いかぴたりと当ててしまうのです。まるで健康診断を受けているようです。

  Sさんは、足裏マッサージとは別に、タイ式マッサージの施術もします。本当は難しい理論があるようですが、タイ式マッサージとは、基本的に体の筋肉を揉みほぐす施術です。ボクの場合は、体が硬いからこの施術が必要だというSさんの判断があるのだそうです。相当に荒っぽい施術ですが、大腿筋や腰の筋肉、背筋などを強烈にもみほぐすのです。筋肉が揉みほぐされると気持ちがいいのです。やってもらったあとはとても気持ちが良いので、体が軽くなったような気がします。痛い思いをして足裏とタイ式マッサージを受け終わると、不思議に爽快感を感じ、気持ちが良いのですね。

足裏を刺激する道具  

  Sさんにマッサージを受けるのは月に2回くらいですが、その間は、上の写真のような道具を毎日使っています。足裏マッサージを受けるのと同じ様な効果を持っているのが、凹凸のある足踏み板です。Sさんに頂いたものです。上の写真の緑色の板です。今では毎日、足踏み板に両足交互に重心をかけながら30分ほど乗ります。突起に体重が足裏にあたりますので、足裏を激しく刺激します。できるだけ足の位置を変えながら乗るのがコツです。最初は、足裏が痛くて2分と乗っておれませんでしたが、我慢して乗っているうちに、毎日やっているうちに数日で30分くらい乗れるようになり、今は30分乗ってもあまり痛みも感じないくらいになりました。30分も乗っていますと、血流が良くなって、足が熱くなります。効果が上がっている証拠です。でも、足裏の中でも足指の間や足の甲などは刺激することができません。そこも大事なツボがあるのですが、そこが刺激できないのが難点です。

  写真の黄色い踏み板は、かもぼこ型で小さなイボイボです。うまく乗ると、足裏の先端からかかとの方まで刺激することができます。真ん中や端の方に突起があり、そこにうまく足裏を当てますと、足裏がうまく刺激されるのです。緑色の板の両方を併用すると、とてもいいです。つま先を乗せると、ふくらはぎも一緒に刺激するので、上の方に置いた傾斜版のような効果もあります。前に紹介したのが写真の傾斜板ですが、ボクは毎日100回ほどその上に乗って足踏みします。ふくらはぎとアキレス腱を伸ばすことができます。これも気持ちが良いです。

  指の間や足の甲のツボはイボイボの板では刺激することができませんので、そこを刺激するには、写真の手前にある小さな道具を使うのです。Sさんがマッサージするのに使っている道具で、Sさんの手製です。まだ使いこなしていないのですが、とても効果があるようです。しかし、だれしも痛いところはつい敬遠してしまいがちになります。Sさんに施術してもらう間は何とか我慢しますが、そのような痛みをこらえて自分で刺激するのはなかなか難しいことなのですね。それが僕自身ではなかなかその道具を使えない理由です。

 ところで、ストレッチ体操も毎日行っています。腕を大きく回す運動も毎日行っていますし、首回しも大きく左右に動かす運動を20回行っています。これで肩や首の血流が良くなり気持ちが良いのです。もう一つは、両手を耳につくくらい上に上げ、数秒力を入れてから急に力を抜いて腕を下に下ろす運動を10回ほど行っています。この筋肉の場所でなくても、筋肉に力を貯めて急に開放することで、その部分の筋肉の血流が良くなるのです。ボクはこれで肩こりは全くなくなりました。また、時には頭の後ろに両腕を組み、それを左右に動かして体の側面の筋肉を伸ばします。

  脚は片方ずつ、足膝の裏側の筋肉を伸ばすように上から力を加えますと、膝裏の筋肉が伸ばされ、足の血流が良くなります。ボクはこれを左右の足で80回行っています。同時に、相撲の四股のように体を動かすと、腰の筋肉が伸ばされ、とても気持ちが良いのです。体を前後に折り曲げる運動も行っています。ボクは長くあぐらをかいたり、正座をすることができないので、しゃがむ運動を取り入れています。しゃがむような姿勢はほとんどしたことがないので、それをすると腰の筋肉を伸ばす効果があります。30秒間続けてそれを3回行っています。

  ある医者の書物に載っていたのですが、大腿筋を伸ばすために、片足ずつ足の甲を手でつかみ持ち上げるのです。何かに捕まっていないと倒れますので注意してください。それを20~30秒続けるのです。大腿筋が強烈に引っ張られますので、大腿の疲れには効果があるのです。このように、普段は使わないと思われる筋肉を伸ばしてやることが良いのですね。

  以上、これまでとは多少変わった点を中心にお話しましたが、肝心なことは持続するということです。毎日欠かさずにこれらの運動を行うのですね。持続する意思がもっとも大事だと思います。そのために、ボクの場合は記録につけることをやっています。エクセルで表にして、行った項目の回数や時間を記録するのです。それを見ると、やっていないことがすぐに分かるので、やめないように努力するのですね。記録をつけることも結構忘れてしまうことがあり、面倒なのですよ。

  食事療法もだいぶ変化しています。そのことについては、次回にしましょう。





チェンマイの旅16 ルアンパバーン最古のお寺、シェーントーン寺院に!

   ルアンパバーンのワンデイツアーで、次に行ったのはシェーントーン寺院(Wat Xiengthong)です。この地方で最も早く建てられた寺院で、ラーンサーン王国(1353~1710年)の最初の頃と言いますから、日本で言うと室町時代ということになります。正確に言うと、1560年、セタティラート王によって建立されました。このお寺が重要なのは、その後のルアンパバーンの寺院建築の元になったと言われます。急傾斜のカーブした屋根が重なり合っていること、屋根の上に緑色のドラゴンの像が飾ってあることなど、この建築の特徴と言えるでしょう。チェンマイで見た寺院の建築もこれとほとんど同じですね。

シェーントーン寺院全貌

  屋根の上の緑色の像は何でしょうか。また屋根中央の塔のようなものも何なのか分かりません。日本でもお寺は尖ったものが多くて共通していますね。仏舎利塔、九輪塔など。仏教的な意味は知りません。

屋根がきれいで

  となりにある小さな建物も、形は似ていますね。みな美しい建物ですが、その目的は分かりません。僧侶の読経の場所なのでしょうか。

本堂そばの建物が

  本堂の中は撮影禁止ではなかったので、仏様の像を写すことができました。きれいな本道な中で、鎮座する仏様は穏やかで柔和な顔をしています。

本堂の仏様

  下の小さなお堂も、きれいですね。背後には、ココナッツヤシの木が立っていました。

小さなお堂

  本堂の裏に回ったら、壁にモザイクの絵が描かれていました。ガイドの青年が、その物語を聞かせてくれました。木の下の方にヒョウ(ジャガー)の絵が書いてありますが、そのジャガーが人間を食べようとしたら、木の上にた猿がおりてきて、私を食べなさいと言ったそうだ。そこでジャガーが申を食べようとしたら猿は木の上に逃れてしまい、ジャガーは何も食べないで逃げていった。というのです。こうして生命の木はひとの命を守った、という物語です。別の物語もあるのですが、きちんと覚えていませんので省略します。この生命の木は、インドボダイジュといわれ、ブッダが悟りを開いた時、大木の下だったと言いますが、その樹がインド菩提樹です。この地の仏教では、聖なる樹木でもあるのですね。そういえば、各地のお寺には「生命の木」が仏像とともに飾られていました。

本堂裏の生命の木のモザイク

   本堂の中に、下のような丸い金属の板が装飾されて吊るしてありました。ガイドさんの説明では、寺の僧侶たちに時刻を知らせるための梵鐘だったのです。このくらい大きなドラであれば、相当に大きな音が響くでしょうね。

時を告げる梵鐘

  このお寺の端からは、メコン川の雄大な川の風景が見られました。下は船着場です。ここでは、川幅が300m以上はあるでしょうね。やはり、メコン川は大河です。物資の運搬などに、現在でも重要な役割を果たしています。

メコン川の船着場






チェンマイの旅15 ルアン・パバーン国立王宮博物館は豪華!

   ルアン・パバーンの二日目は、ワンデイ・ツアーでガイドを頼んで観光地を回りました。市内の名所の殆どを回りましたが、ガイドは英語でしたが、好青年でした。英語とドイツ語が出来る人で、とても良く説明してくれました。英語も不慣れなボクらでしたが、何とか聞き取れました。
  下の地図がルアン・パバーンの地図ですが、ピントが合っていないので見にくいかもしれません。大きな川がメコン川で、船の印が船着場のようです。そこから南の方に枝分かれしているのがカーン川です。最初の訪ねたのが、国立王宮博物館(Royal Palace Museum)です。


ルアン・プラバーン地図

    ボクらはタイ語は全くわからないのですが、英語は読めます。博物館の入口の看板がきれいですね。

王宮博物館看板

  入口にはたくさんの人がいましたが、ほとんどはツアーの観光客で、ガイドさんの説明を受けていました。門の脇に、オオバナサルスベリの大木がたくさんの花をつけていました。きれいでした。

博物館入口のオオバナサルスベリ

  王宮博物館の正面から門までココナッツヤシの並木になっており、見事でした。

王宮の並木

  ボクらは正面からではなく、横から入ったのですが、そこに大きな黒い銅像が立っていました。ルアンパバーン王国の王、シーサワーンウオン王の銅像です。ウィキペディアで調べたところ、下のような記事がありました。

王様の銅像


「仏領インドシナ連邦下のラオスは、北部のルアンパバーン王国と南部のチャンパーサック王国とに分裂していた。しかし1945年3月9日に日本軍が仏印処理を断行してフランス軍を一掃し、フランス植民地政府を打倒すると状況は変わった。4月初めにルアンパバーンに到着した日本軍を見たルアンパバーン王国のシーサワーンウォン王は、長年にわたるフランス支配が遂に終焉したことを知り、ラオス王国の国王として4月8日に独立を宣言した。しかし、南部には尚チャンパーサック王国が存続していたことから、王国の支配はラオス全域には及んでいなかった。だが、従前の仏領インドシナ連邦の支配体制が崩れたことで自立への新しい道が開け、ルアンパバーン王国時代から首相職にあったペッサラート親王(ルアンパバーン王国のブンコン副王の王子)は行政のラーオ族化を進めていった。しかし、同年8月15日に日本が連合国に降伏すると、王国の指導者や王族の間で意見の対立が生じ、結果的にそれがラオス人民民主共和国の成立に至るまでの騒乱の源となった。1947年5月ラオス王国憲法、制定。ラオス王国の成立。首都はビエンチャンに置かれたが、王宮はルアンパバンにあった。シーサワンウォンがラオス王国の国王に(在位:1947~1959死去まで)」
  ということで、ラオス王国建国の父だったのです。というわけで、銅像の下には花が飾られていて、今も王の権威が保たれているのですね。ラオス王国の成立に日本が関わっていたなんて、まったく知りませんでした。そのころの政治的な動きは複雑ですね。その王宮が下の写真です。ここは、下足禁止、写真撮影も禁止。内部の豪華さは驚くべきものでしたが、写真が写せないのでそれをお見せすることができないのは残念です。外国からの贈り物などが飾られていましたが、日本のものもありました。
     その後、紆余曲折を経て、1975年に共産主義革命が置き、ラオス人民民主共和国が成立。現在に至っています。ルアンパバーンは、古都として貴重な文化財が豊富に存在するので、1995年に世界遺産として認定されました。そういうことで、世界的に有名になり、観光客がたくさん来るようになったというわけです。

国立王宮博物館

  入口の広間だけは撮影が許可されていましたので、広間に飾られていた金ピカのドラゴンの像を写しました。タイに人も、ラオスの人も、金ピカのドラゴンが好きですね。これは、中国文化の影響なのでしょうか。

入口のドラゴン

  下は、この王様が魚が好きで、魚を養殖していた池なのだそうです。周囲には、やはりココナッツヤシが植えられていました。

王様の魚の池

  この博物館の入口にあるお寺が、下の写真です。ものすごく豪華な建物で、目を惹きました。王様の親族を弔う寺として建てられたそうです。

お寺の風景

  建物の壁の文様が実に美しいのです。屋根の形も素晴らしいですね。

お寺の正面

    側面からお寺を見ますと、その豪華さがわかると思います(下の写真)。屋根が何十にも重なっている風景は見事というしかありませんね。

お寺の側面から

  入口は、やはり多頭のドラゴンでした。

入口にはドラゴンが

  博物館の外に出ると、繁華な通りなのですが、たくさんの観光客で賑わっていました。ここは屋台などがないのが珍しく感じました。やはり、王宮博物館の前だからでしょうか。

王宮前の道路






鬼久保広場のケヤマハンノキに雄花と雌花が!

   チェンマイの旅をちょっと中断します。
  数日前、庭の梅の木にホオジロがたくさん来訪しました。下がその写真ですが、小鳥の数を数えたら、9羽もいました。本当はもっといたのですが、写した時の少し前に大分移動してしまったいたのです。おそらく20羽以上いたと思います。こんなことは珍しいことです。

    ホオジロの群れが

   その日は、鬼久保ふれあい広場を散歩しました。入口付近のメインロードに、並木のように植えられている樹木があります。それに、下の写真のように穂がたれていたのです。ケヤマハンノキです。ハンノキ類は春少し前に雄花を付けますね。それがとてもきれいなのです。

ケヤマハンノキの穂が

  それをアップで写したのが下の写真です。長さ5~6cmで5~6本の茶色の雄花が垂れ下がります。黒っぽい楕円形の穂は、雌花です。春には一斉に雄花から花粉が放出されて、雌花が受粉するのだそうです。

ケヤマハンノキの雄花と雌花

  鬼久保ふれあい広場には、海洋センターと名付けられたプールがあります。山の中の村なので、子どもたちは海水浴はできません。そこで、村営のプールとして利用されているのがこのセンターです。その脇に、マンサクを並木のように植えられいるところがあります。たくさんのマンサクが花をつけると、それは美しいのです。下の写真がそれです。まだたくさん雪が残っている状態でした。マンサクが並木になっているところなど、ボクは知りません。珍しいですね。

海洋センター脇のマンサク

  マンサクの花は、独特の姿をしていて、黄色い花がきれいですね。

マンサクの花が青空に

  さらに奥の沿道に、見たこともない街路樹がたっていました。下の写真のように、枝に翼が付いているのです。翼が付いている樹木は、ボクはニシキギくらいしか知りません。高さが7~8mもある樹木ですので、低木のニシキギとは明らかに違います。結局、種名は分かりません。

これ何の木?1

これ何の木?2

  幹を写したのが下の写真です。これらの写真を参考に、図鑑を調べているうちに分かるかもしれません。

これ何の木?3

  チェンマイの旅で、東南アジアの文化に親しみを感じていました。この鬼久保ふれあい広場には、横田博物館といって東南アジアの工芸品を集めた博物館があるのです。とても貴重な物が展示されています。これまでに何度も訪れていたのですが、チェンマイの旅でそれを思い出した、再度博物館の所蔵品を鑑賞しました。
    館の名前の横田は、横田正臣さんといい、豊橋でスーパーマーケット事業で成功しました。そして、その財産を使って40年間も東南アジア、とくにタイやカンボジャの国の農村を歩き回り、その美しい工芸品を買い集め、そのコレクションは4000点にも及び、それを収蔵したのがこの博物館です。
  下は、象の姿をした女性像ですが、見事な造形ですね。由来はわかりませんが、宗教的な意味を持っているのでしょうね。ご報告したとおり、チェンマイではたくさんの象を見ましたし、宗教的に神聖な動物でもありますからね。

横田博物館にて1

  下は、奇っ怪な顔をしたお面の造形です。独創的なお面ですね。こんなお面が家に魔除けとして飾られていたに違いありません。

ヨコタ博物館にて2

  こちらの方面に来られたら、一度覗いてみる価値はあると思います。お勧めします。


coppice(雑木林)

森楽、flutevioline

Author:森楽、flutevioline
退職後、都会生活ばかりだったボクにとって田舎の自然豊かな里山の生活は、新しい発見の連続で楽しい! 自然の写真が満載です! また、こんな老い生き方があることを示したみたい!

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